少友幼稚園創立100周年式典@水戸市備前町5-36
10月22日(日) 10:00~11:00 、水戸市備前町5-36の少友幼稚園ホールにおいて「少友幼稚園・創立100周年記念式典」が開かれた。
創立100周年記念事業実行委員長・遠山勤さんの「初めの言葉」に次いで園児たちの「讃美歌」、吉野悦子・園長の「お祈り」後藤久美子さんの「聖書朗読」など、キリスト教学園ならでの式次第であった。
少友幼稚園は、英国人クエーカー教徒による水戸の伝道拠点として1912年(明治45年)開設された「水戸基督友会堂」に始まる。
フィラデルフィアから派遣され1910年に普連土女学校教師として来日していたイデス・シャープレス(1883-1956)が水戸市天王町に居を定め、水戸の伝道に当たることになった。
日本人最初のクエーカー教徒であった新渡戸稲造も1929年に来水し、講演会を開催している。
イデス・シャープレスは「幼児期は生涯に影響を及ぼす大切な時期」と考え1917年(大正6年)に私立幼稚園を開設することになった。
子供たちに英語を教えもしたが、自らは日本語を勉強して歴史に秀で、漢字を上手に読み書きした。
洋装よりも和服を好み、この地に根を下ろし理解しようと努力を重ねながら、幼児教育・女子教育を通じて日本伝道に努めた。
その後、日中戦争から太平洋戦争に至る頃には軍事色が強まり1943年に帰国。
母国にあって幼稚園を案じていたが、終戦後の1950年に来日し、1951年に少友幼稚園を再開した。
この頃、僕は小学生でシャープレスさんから、外国郵便の切手を貰い、英語を教えてもらったりしたが、温和な優しい方だった。
この頃「ヤギのおじさん」として有名だった、ハーバード・ニコルソンさんも水戸基督友会や幼稚園にしばしば顔を見せていた。
シャープレスさんは余生を母国で送るため1954年にアメリカに帰国した。
その後、経営主体は水戸基督友会に移り、やがて学校法人に移管された。
僕の子供時代の遊び場であり、我が家の長男・長女もお世話になった。
(1950年に再建された会堂)
2011年の東日本大震災で大きな被害を受け解体されることに。
水戸基督友会会堂及び少友幼稚園園舎は2012年3月に元の敷地おいて起工式を挙行、同年9月に竣工した。
100年前にミセス・シャープレスが個人で創業し、戦時下においては休園をやむなくされ、戦後再びミセス・シャープレスによって再建され、経営母体も個人立から教会立、さらには学校法人となり、「認定こども園」として100年を迎えた。
これからも、創始の精神を守り多くの人材を育てていくことであろう。







