下田街道 天城峠
♫天城超え♫「伊豆の踊子」を辿る 其の5
『伊豆の踊子』で主人公は修善寺温泉に1泊、湯ヶ島温泉で2泊し、天城を登ってきた。『…重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見惚れながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。…』
主人公の一つの期待とは『…あの日が修善寺で今夜が湯ケ島なら、明日は天城を南に越えて湯ケ野温泉へ行くのだろう。天城七里の山道できっと追いつけるだろう。そう空想して道を急いで来たのだったが…』
『折れ曲った急な坂道を駈け登った。ようやく峠の北口の茶屋に辿りついてほっとすると同時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。余りに期待がみごとに的中したからである。』
峠の北口の茶屋は概ねこの辺り、或いはもう少しトンネル寄りだったのか「伊豆の踊子・文学碑」が建立されている。
川端康成筆による冒頭の文章と、川端の・レリーフが埋め込まれている。
この旧道に至るには、バイパスの途中に分岐点が在る。
そこからは舗装無しの山道で、当時と変わらない感じだ。
ここは、擦れ違い用に道幅が広いが、概ね1車線くらい。
●1970年に竣工した新天城トンネル(延長は800 m)が開通する前は舗装されていたが、2001年の文化財登録時頃に舗装がはがされた。
天城山隧道(トンネル)
1905年(明治38年)に完成、全長445.5メートル。
アーチや側面などすべて切り石で建造された日本初の石造道路トンネルであり[、日本に現存する最長の石造道路トンネル。
2001年(平成13年)道路トンネルとしては初めて国の重要文化財(建造物)に指定された。
トンネル内部。
切り石を組あげている構造が良く分かる。内部の照明はかなり暗い。
『伊豆の踊子』には『…暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。』とあるが、正にそのとおり。
現在も通行可能で、我々も北側(伊豆市)から南側(河津町)に抜けた。








