独鈷の湯(とっこのゆ)@伊豆市
♫天城超え♫ 「伊豆の踊子」を辿る 其の3
朝風呂を浴びて、朝食のバイキング食べて出発。
旅が始まる前、Tさんが“空海(弘法大師)が噴出させた修善寺の「独鈷の湯」に立ち寄ろう。と提案した。
確かに、修善寺温泉の原点だ。
やり取りは今風にネットだが、検索すると、今は入れないとか、良く分からない。
ネット情報は確実性に欠ける。
在りました「独鈷の湯」
密教法具に由来するので「どっこ」とおもっていたら「とっこ」と読むらしい。
Tさんがそくさくと、
修善寺川(通称:桂川)の川中にあり、土台の岩や大きな石を組んで浴槽をかさ上げし、足湯を楽しめるようになっている。
僕だけ足湯を愉しんだ。
裸足になったので、出てから軽く滑ったが、ことなきで幸い。
『戦前までは岩の隙間などから自然に湯が湧き出ていたと伝わるが、川中に突き出た形状で、豪雨の際に流れが阻害され、氾濫を引き起こす原因となりかねないとして、県の計画で2009年4月に19m下流の川幅の広い位置に移動させられた。』と云うことで、岩を組あげた上に温泉を引き込んである。
「修善寺」
807年創建のこの寺院は、弘法大師空海によって開かれた。
修善寺温泉の歴史は、この寺の歴史とともにあるが、現在は真言宗ではなく曹洞宗の寺院で禅寺だ、正式名称は「福地山修禅萬安禅寺」
御手洗(みたらし)の水が温泉で、飲めますと書いてある。
さすが湯の街だ。
修善寺温泉は漱石が転地療養した「菊屋旅館」など老舗旅館が多い。
木造3階建や、唐風の社寺建築の料理旅館。
1泊2食で御幾らか?縁のない世界だが、覗いてみたい気はした。
●空海(弘法大師)が大同2年(807年)に修善寺を訪れたとき、桂川で病んだ父親の体を洗う少年を見つけ、その孝行に感心した大師は、「川の水では冷たかろう」と、手に持った独鈷杵で川中の岩を打ち砕き、霊泉を噴出させた。
これよりこの地方に湯治療養が広まり、修善寺温泉が始まったとされる。
●独鈷(とっこ)
密教法具「とこ」「どくこ」とも読む。「独鈷杵」の略で、「一股杵」ともいう。
鈷は、「股」とも記す。
重文 金銅仏具金剛峯寺 平安時代
右端が「独鈷杵」
●夏目漱石の「修善寺の大患」、
明治43年(1910)8月24日、43歳の漱石は伊豆・修善寺の菊屋旅館にいた。持病の胃潰瘍による入院加療のあと、転地療養のためこの地に足を運んで、19日目を迎えていた。しかし、胃疾になり800gにも及ぶ大吐血を起こし、生死の間をさまよった。
この時の一時的な「死」の体験は、その後の作品に影響を与えることとなった。漱石自身も『思い出すことなど』で、この時のことに触れている。
晩年の漱石は「則天去私」を理想としたが、この時の心境を表したと言われる。
*吾々が8月22日に修善寺を訪れたのは何かの縁か。
漱石43歳、僕は馬齢を重ね76歳「則天去私」に至らず蠢いている。









