寿福金剛禅寺@鎌倉市扇ヶ谷

大佛次郎を歩く其の3

 

 

 

大佛次郎(本名:野尻 清彦)のお孫さんにあたる、大佛茶廊主人:野尻 芳英さんのお話しで、墓所が臨済宗建長寺派の寿福金剛禅寺(寿福寺)と知った。

茶廊から歩いて15分位の場所だ。

 

鶴岡八幡宮に出て、今では閉館してしまった「鎌倉近代美術館」の建物を横目に見て、小町通を越して横須賀線の踏切方面に。

 

途中に「川喜多映画記念館」。

この記念館は映画界に大きな足跡を残した川喜多夫妻の邸宅を記念館としたもので、ここも見所が沢山だ。

以前に来館したこともあり今回は先を急ぐ。

 

横須賀線の踏切を渡れば「寿福金剛禅寺」

 

 

 

門前に「源氏山」の碑。

源頼義(ともよし:988-1075)、源義家(よしいえ:1039-1106)の親子が奥州に行く時、 この山に旗を立てたことにより、旗立山ともいわれた源氏山。

山の麓の寿福寺付近は、昔から代々源氏の邸宅であったと伝えられている。

 

館があった地に1200年(正治2年)に頼朝夫人政子が建てた臨済宗建長寺派の寿福金剛禅寺(寿福寺)。 

大佛次郎はこの寺の墓域奥に両親とともに眠っている。

命日は1973年(昭和48年)430日 享年75歳。

 

「寿福金剛禅寺」は20154月に訪ねた。

奥の墓域は一般の人の立ち入りは出来ないので、山門前で拝する。

 

 

 

隣が鎌倉の水戸の御寺といわれる英勝寺。

徳川家康の側室で、大田道潅四代の太田康資息女とされるお勝の方は、家康との間に生まれた市姫が幼くして亡くなった後、家康の命により、後に初代水戸藩主となった徳川頼房の養母を務めた。家康の死後は落飾して英勝院と称したが、その後、三代将軍家光より父祖の地である扇ガ谷の地を賜り、英勝寺を創建した。

 

 

 

代々、水戸家のお姫様が住持する尼寺で住職の他の僧侶、寺侍、医師、料理人達の下御殿、御長屋、代官所も整えられていたので、水戸家のお寺として歴史を重ねてきたが、現在は水戸家を離れている。

 

 

 

大田道潅邸旧居の碑。

 

この二つのお寺を門前で拝し、鎌倉駅に。