ブラタモリ#61水戸編、其の壱

 

 

 

昨年末、「タモリを南町で見かけた」「常磐線の線路脇の洞穴に居る」などの情報があり、現場に駆けつけたが一足遅く、ロケ終了で間に合わず。

何処をどの様に取材したのかの放送を楽しみにしていた。

ついに、水戸編が128日(土)午後730分~815分に放送された。

 

 

水戸駅前の黄門像の前に降り立ったタモリさん。

「水戸黄門は なぜ人気があるのか?」が今回のテーマ。

 

 

 

案内役は関口慶久さん(水戸市教育委員会歴史文化財課)

 

「実は生きている頃も大変人気だったんです」と関口さん。

 

 

 

亡くなった時に詠まれた狂歌『天か下 ふうたつの宝つきはてぬ 佐渡の金山 水戸の黄門』を紹介。

 

 

 

徳川御三家の「水戸徳川家」はどんな藩だったのか?

良く分かる場所へご案内と水戸城跡にむかう。

 

 

 

 

 

堀には水郡線の線路が走る。

 

 

番組では紹介されなかったが、この土塁の延長右端に明治時代初期まで隅櫓が建っていた。

 

 

 

本丸跡は茨城県立水戸第一高等学校。

 

 

タモリさんの大学時代のバンド仲間が下館出身で水戸一高の卒業生だった。

●私の母校でもあるから嬉しい。

 

 

 

本城橋を渡って校内に、随分贅沢な場所だな~。

本丸跡の全てが敷地。

 

 

 

佐竹時代唯一の遺構「藥医門」が校庭に。

水戸は佐竹氏の支配だったが、関が原で態度を明確にしなかったので秋田に移封され水戸藩が誕生。

(この門は僕の在学時代は他所に在って、その後、現在地に再建された)

 

 

 

初代水戸藩主・徳川順房(16031661)時代から支出が収入の倍以上という赤字財政なのは何故?

 

 

 

 

水戸と江戸の両方の屋敷の運営費。

江戸の方が多いのは御三家の大名としての体裁を保つためでもあり、国元にかける経費までは回らなかったのがのが実情だろう。

 

●水戸家のみ参勤交代のない定府(常時・江戸詰め)制で参勤交代の費用が掛からないいと思っていたが、江戸と水戸に家臣を配置するのは、経費がかさむ仕組みだった。

大日本史作成の費用が膨大で苦しいと信じていたから、意外な事実に驚いた。

 

 

 

財政難の水戸藩は「あるものを最大限に活用する」ことで乗り切った。

質実剛健の気風と云えば聞こえがいいが、倹約第一の質素な暮らし。

 

●赤字財政もなんのその、大型プロジェクト目白押しの現在の市政運営、先人に大いに学ぶべきことだろう。