ダリ展@国立新美術館

914日~1212

 

 

サルバドール・ダリ(1904--89年)は時計が溶解していくような「シュルレアリスム」を代表する画家とだけ思っていた。

20108月に法相宗の学僧・徳一(760? - 835?年)を辿り会津の「慧日寺跡」と「勝常寺」を訪ねた際に「諸橋近代美術館」に立ち寄りダリの作品をまとめて観た。

精神分析・相対性理論・量子力学・数学・生物学など多方面の知識に長けていたということを知った。

パフォーマンスや挑発的な姿勢の強い人と思っていたが、大間違いで科学と芸術を一体化させようとしたようだ。特に、立体・彫刻作品が沢山あることも驚きだった。

2010年はスペインにも旅し「国立ソフィア王妃芸術センター」にも行ったが、ピカソの作品に目が行って、ダリの記憶が無いのは残念。

 

 

本年107日、国立新美術館の「ダリ展」に行ったが、全貌展で時代ごとの変化も激しく、もう一度、と思いつつ会期末となってしまった。

「アトデとオバケは出たことない」はその通り。

時間が経過し印象も薄れたが、記憶に留めておくべきと出品目録を基にお浚い。

 

1章 初期作品(1904-1922

スペイン、カタルーニャ地方のフランス国境に近い町フィゲラスで、芸術や文化に造詣が深く自由な気風の家庭に生まれた。

少年時代から絵画の才能を賞賛され、フィゲラスや、夏の休暇を過ごした漁村カダケスの風景を、ポスト印象主義風の様式で描いている。

 

 

 

《ラファエロ風の首をした自画像》1921年頃 カンヴァスに油彩

 

2章 モダニズムの探求(1922-1929

1922年にマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学するも、そこでの教育に飽き足らず、反抗的な学生だった。学生寮で、ルイス・ブニュエル(後の映画監督)やフェデリコ・ガルシア・ロルカ(後の詩人)と交友を結ぶ。

キュビスム、ピュリスム、未来派などの新しい芸術の影響を受けた作品を制作する。

 

 

 

《ルイス・ブニュエルの肖像》1924年 カンヴァスに油彩

70.0 × 60.0 cm 国立ソフィア王妃芸術センター

 

 

3章 シュルレアリスム時代(1929-1939

 

1929年にブニュエルと共同で脚本を執筆した映画「アンダルシアの犬」がパリで公開され、大きな反響を呼んだ。

アンドレ・ブルトンを中心とするパリのシュルレアリスト・グループに参加し、パラノイア的=批判的方法を生み出して、シュルレアリスムの中心的な画家として活躍するが、ブルトンとの不和も芽生える。

 

 

「奇妙なものたち」(1935) 板に油彩、コラージュ 40.5 × 50.0 cm ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵

 

*『アンダルシアの犬』『黄金時代』も上映されていた。

 

4章 ミューズとしてのガラ

ダリは、1929年夏に詩人のポール・エリュアールの妻ガラと初めて出会い、すぐ恋に落ちた。以後ガラは、常にダリに寄り添い、ミューズとしてダリの芸術に霊感を与えるとともに、一種のプロデューサーとしてダリを支援し、成功に導いた。

*ガラなくしてダリは生まれなかったかもしれない。

 

5章 アメリカへの亡命(1939-1948

第二次世界大戦が勃発すると、ダリとガラは戦火のヨーロッパを後に、アメリカ合衆国に亡命し、1948年まで過ごす。

1934年以降、アメリカで何回か展覧会を行っていたダリは、すでに有名作家だった。商業的な仕事や出版を通じ、シュルレアリスムを体現する名士としての地位を確立した。

 

 

 

新日曜美術館 サルバドール・ダリ

https://www.youtube.com/watch?v=CuQxDYF3hDI