近江の隠れ里「菅浦の湖岸集落」@長浜市西浅井町菅浦

湖北の観音様を訪ねる 其の11

 
 
 
 
 
 

 

敦賀と近江を結ぶ歴史的文化遺産の「柳ケ瀬トンネル」を無事抜けて「奥琵琶湖パークウェイ」に入り、国民宿「つづらお荘」に無事到着した。

 

 

ホテルから10分ほど歩くと菅浦の集落。

過去には集落の境界争いなどがあったことから菅浦の集落は外部の人と付き合うことがなかったと伝えられ、近江の隠れ里と呼べる「菅浦の湖岸集落」

 
  

 

菅浦集落の境界を示す西側の「四足門」。

  

 

すぐ傍に「須賀神社」の鳥居。

 

恵美押勝の乱がきっかけとなり、廃帝となった淳仁天皇に纏わる伝説が残る地。天皇を祀った須賀神社は、淳仁天皇の御陵ともいわれている。

 

 
 
 
  

湖北は観音信仰と共に地蔵菩薩の信仰も強いようだ。

地蔵盆が行われていたが、この時期、近江の各地で行われるようだ。

  

 

中世村落の貴重な景観を今に遺す石垣も多い。

「浅井長政所縁の寺」名前は失念、この並びに数ヵ寺が在った。

 

「浅井長政」 は、その将来を有望視され、織田信長 にも気に入られた若武者であったが、親交のあった「朝倉家」 信長 の板挟みにあい、悲劇的な運命を辿る事になった。

 

ここは長浜市西浅井町菅浦、この地の人達にとって「浅井」に対する思いは強いように思えた。

 

東側の境界の四足門

 

菅浦全体では81世帯・217人が暮らしている、とのこと。
集落に入る前、四足門の近くに駐車場とトイレが在り、そこより先は住民以外の車は進入できない。
従って集落は昔ながらの落ち着きのある生活が維持されている.

散歩していても集落の人達の共同体として相互の信頼を感じた。