「鉄道遺産を引き継いだ道路トンネル」柳ケ瀬トンネル。
湖北の観音様を訪ねる 其の10
かなり大回りをするルートで観光の略図には記載されていない。
この旅は、宿泊地は決めてあるが、それ以外の見学場所やルートは大まかには決めてあるが、その都度相談して決める、のがルール。
その内道路が細くなり、停止線に信号機が設置され、交互通行となっているトンネルとなった。
「柳ケ瀬トンネル」と表示された碑があり、停止待ちの時間に読むと「明治15年完成当時日本最長(1,352m)で、今も使用中では2番目に古いトンネル」との記載がある、歴史的なものらしい。
交互通行のランプが青になって、トンネルに侵入。
暗い上に、道幅が狭く高さも無いので薄、薄気味悪い。
信号付だから、対向車が来るとは思えないが、もし来たら、との思い。
無事に通過し、山間の道を進んで塩津街道に抜け、暫く進んで「奥琵琶湖パークウェイ」に入り、国民宿舎つづらお荘に無事到着した、
今回の旅で「2度と通りたくない道」と感じたトンネル。
戻ってから調べたら、福井県敦賀市と滋賀県長浜市を結ぶトンネルで明治15年建設以来今なお現役の評価が高く歴史遺産でもあった。
偶然にも、そのトンネルを通ったことを書きとどめたい。
福井県建設技術協会のHPに「鉄道遺産を引き継いだ道路トンネル」として紹介されているのを要約して転載。
●明治15年完成当時日本最長(1,352m)で黎明期の技術進歩に大きく貢献し、今も使用中では2番目に古いトンネルで、現在は道路トンネルとして活躍中。
当時、神戸~東京間の鉄道が部分開通している中、北陸米を大阪の市場に運搬することを主目的に、敦賀線(敦賀~長浜)が建設された。
それまでの北陸米の運搬は舟運(和船)のみで、敦賀・新潟がその港。
航路は主に「新潟・敦賀~下関経由~大阪」「敦賀(金ヶ崎」~琵琶湖~淀川水運」のみで90日から半年の所要日数が3日に短縮された。
鉄道の歴史を語るうえで重要な遺産である柳ヶ瀬トンネルを昭和33年に道路トンネルとして引継いでから約52年が経過し、今でも煉瓦造りのアーチトンネルの姿は変わりなく残されている。
この柳ヶ瀬トンネルは、黎明期の技術進歩に大きく貢献したことから、平成15年に土木学会選奨土木遺産に、平成20年には経済産業省近代化産業遺産にそれぞれ認定された。

