賤ヶ岳古戦場

湖北の観音様を訪ねる 其の9

 

 

 

木之本から菅浦に向かう途中に「賤ヶ岳古戦場リフト乗り場」との案内板を見た。ここでまた、“行ってみよう”と相成った。

 

友人2人はどの程度の知識を持っていたのか分からないが、僕は誰と誰の戦だったのか、見当もつかない。

 

登山道の細い道を登ってリフト乗り場。

  

スキー場のリフトと同じ、傾斜も強い(下る時の写真)

  

リフトを降りて、又登山道。

こんな山の上で戦があったのかと、いささか疑問。

  

登りきると、四方が見渡せる。伊吹山方面。

 
 

ボランテアの観光ガイドさん。

戦いの状況を説明してくれる。

 

 

天正11年(1583年)賤ヶ岳付近で行われた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)と織田家最古参の重臣柴田勝家との戦い。秀吉はこの戦いに勝利することによって亡き織田信長が築き上げた権力と体制の正統な継承者となることを決定づけた。

 

余呉湖の先辺りを挟んで両軍は小高い所に砦を築き対決。

当時の戦いは、全体を見渡せる場所に陣を築き、そこから対象が指揮をする。

 

頂上が砦の跡で合戦の碑などが建っている。

 

眼下は余呉湖、その先に柴田の軍勢。

 

秀吉と「賤ヶ岳の七本槍」の逸話は有名らしい。

 

何れにしても「近江」の地は戦国時代末期、戦いが収斂に向かい、統一国家として動き出す舞台となった。