長浜は仏教文化の宝庫

湖北の観音様を訪ねる 其の8

 

 

湖北の仏様は里山に散在しているので、巡礼するには時間を要する。

今回は友人の運転する車で回ったが、それでも1日で数カ寺。

JRの駅で言えば、長浜・高月・木之本・余呉、更には沖合に浮かぶ竹生島、秘境と呼ばれた菅浦なども行政区域では長浜市。

 

「北ビワコホテルグラツィエ」

 

長浜港の直ぐそば、イタリア風の名前のリゾートホテル。

隣にはヨットハーバーもある。

駅の西側一帯は湖畔の埋め立てによってできた新市街。

 

朝食は湖畔に面した2階、琵琶湖が一望に見渡せる。

新館の7階にはこれまた琵琶湖を望む浴場、幾らか温泉の香りもする。

 

夕食はタクシーの運転手さんお勧め、
北国街道に近い居酒屋「おとんぼ」に。

 

地元の常連さんが多い感じ。

「おとんぼ」とは末っ子と言う意味らしい。


 
 
 
  

「長浜曳山祭り」のポスターや写真。

4月に行われるこの祭りは国指定の重要無形文化財。


 
 
 
  

久し振りに3人揃って飲んで食べて昔話。

 

翌朝は「豊公園」まで散策に。

 

長浜城は秀吉が初めて築いた城。

昭和58年鉄筋コンクリートによる再建で「長浜城歴史博物館」石垣等も当時のものではなさそう。

秀吉の築城時は岬の先端であったろうが、現在は埋め立てられて周囲は公園となっている。

 

 

長浜のホテルに夕方着いて居酒屋に、7階浴場(露天風呂付き)で汗を流し、朝食後は観音巡礼、長浜の市内観光は殆どないが、今回は湖北の観音巡りで学び、感じたことは。

 

●北陸白山の十一面観音信仰と比叡山天台勢力の影響を強く受け、これらの習合文化圏として湖北の観音信仰が生まれた。

室町期には浄土宗・曹洞宗・浄土真宗・時宗らの新仏教が農民勢力の台頭に併せて勢力を伸ばし、戦国の動乱期にいたって、さらに大きく変容した。

村々にあった天台寺院の多くは衰退して無住・廃寺化し、そこに残された尊像たちは、村の守り本尊として民衆に迎えられた。

戦乱の焼き討ちにあった際は、村人たちが観音像を川底に沈めたり、地中に埋めたりして難を逃れ守ってきたと伝えられている。

京都や奈良のような大伽藍を構える寺院はなく、そのほとんどは小さな村堂につつましく安置されている。