安土城跡@近江八幡市安土町下豊浦

湖北の観音様を訪ねる 其の4

 

 

 

安土城は織田信長(1534-1582)が天下統一の拠点とした城で、天正4(1576)から約3年の歳月をかけ、五層七重の豪華絢爛な城として完成した。

天守内部は吹き抜けとなっていたと言われ、イエズス会の宣教師は「その構造と堅固さ、財宝と華麗さにおいて、ヨーロッパの最も壮大な城に比肩しうるものである」と母国に驚嘆の手紙を送っている。

安土・桃山時代の幕開けとして築城されたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失し埋もれた。

 

平成元年より学術調査と整備事業が行われ、時折、発掘の情報が伝えられる。

天守閣への大手道の石垣。

 

1992年(平成4年) セビリア万国博に、「天主指図」を基に復元された安土城天主の一部(56階部分)が出展された、こと等々。

 

(この写真は駐車場脇の待合所に展示された模型)

NHK の特集番組でCGを利用した画面も放送されたこともある。

 

織田信長という類い稀な強烈な個性の持ち主が造った、朱色・青色・あるいは白色、そして最上層は金色と言う絢爛豪華な城も、残るは石垣のみ。

 

近江八幡市の郊外、標高199mの安土山の全山丸ごとが城跡。

 

 

 

明治頃までは琵琶湖が城を取り巻いていたが、その後、徐々に干拓され湖は後退してしまった。彦根城や長浜城も同様で、道路や田圃となった面積は可なりに思える。

 

上・下の地図を見比べて場一目瞭然だ。

 

  

安土城を400年にわたり管理してきたのが織田信長の菩提寺・臨済宗妙心寺派の摠見寺で、全山全てが摠見寺の寺域。

ここで入場券を買って入山する。

 

 

降りてきた女性に上まで登って戻ってくるまで時間を訊くと、1時間以上は必要らしい、

同行の仲間は、上まで行く気はないらしい。

1人で行って、1時間以上待たせるのも申し訳なく、残念だが断念した。

機会を改め、一人でも訪ねてみたい。

 

大手門址近くに居た、犬を連れた近所の方は「つい最近まで、何もなくて自由に散歩が出来た」と話していた。(調べてみると、20069月から城跡への有料入場になった)

 

その頃から発掘・復元が始まったのだろう。

 

あちこちに石垣が散見できる。