ウィリアム・メレル・ヴォーリズ@近江八幡市
比叡山のほんの一部を拝観しただけで奥比叡ドライブウェイを堅田方面に。
琵琶湖大橋を渡ると間もなく「佐川美術館」が在る。
昨年9月に訪れ、水面下の展示室に感激したので、再訪と思ったがこの日は月曜で休館日なので先を急ぐ。
琵琶湖畔を大津から湖北まで通じる道を「さざなみ街道」と呼んでいる。
この道路は戦後、びわ湖を干拓し新田開発したように見えた。
30分位走って近江八幡への分岐点。
近江八幡は近江商人のふるさと。
商人屋敷の建物が残っている一角に市営の駐車場。
駐車場の近くの「新町通り」3人揃って記念撮影。
文化財指定の大店や「重要伝統的建築群保存地区」もあったが、写真はなし。
八幡山のふもとの「八幡堀」
豊臣秀次が琵琶湖往来の荷船を寄港させるために整えた。
近江商人の守護神「日牟禮八幡宮」はすぐ近く。
「白雲館」は明治10年に八幡東学校として建てられた擬洋風建築物。
近江商人の子弟のための学校だった。現在、1階は観光案内所。
近江商人の主力商品のひとつは「蚊帳」(かや・見かける機会は少ないが、懐かしい)今でも商っている店があった。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964)像
ヴォーリズは明治38年に八幡商業高等学校の英語教師として来日し、昭和39年に83歳の生涯を終えるまで彼は近江八幡市に留まり、キリスト教の伝道とその主義に基づく社会教育、出版、医療、学校教育などの社会貢献活動を続けた。
これらの事業を経済的に支えるべく多くの人々と力を合わせ、建築設計会社やメンソレータム(現メンターム)で知られる製薬会社・近江兄弟社などの企業活動を展開した。
生涯、個人資産を持たなかったヴォーリズの精神は、今の近江八幡市に脈々と流れ、全国の個人や団体に影響を与えた。
我が家の前の「フレンド教会・小友幼稚園」も幾らかの関連があるらしい。
本社ビル1階に「メンターム資料館」
旧八幡郵便局
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの作品で大正10年(1921)建築。
スパニッシュと和風の町屋造りを折衷した、個性的なデザイン。
ヴォーリズ記念館
旧ヴォーリズ邸を記念館として開放しているが、月曜は休館だった。








