K-SHOPの木村さん。

  

 

水戸駅の北口を出て左側に丸井が出店したのは何時のことか?

小さなビルだったが、丸井の人気は高かった。

1993年(平成5年)2月に東側の再開発ビル移転するまでこの地で営業していたが移転後は暫く空き家。

立て替えられ、現在はアデランスなどが入る雑居ビルとなっている。

 

北口には西友水戸店が1971年の開店し、南町や泉町ばかりでなく駅前も活況を呈するようになった。(現在は取り壊され空き地)

  

隣の中村ビルは、以前は駅前で唯一ともいえるビルでバーやダンスホールもある文化的ビルだった。大型のビルに立て替えと同時に、野村証券と高島屋が入居することになった。

 

高島屋は「水戸ローズランド」と呼ぶファッションビルで地下は若者向けの小さな店が出来た。

角の出張った部分は見晴らしが良く、1階から5階まで各種の飲食店が入居し、水戸の名所となった。

 

1976年、木村さん夫妻は高島屋の地下にアクセサリー「K-SHOP ケー・ショップ」を開店した。ご主人が制作し奥様が販売する手作り感覚で人気が出た。

 

サントピアが1978年に開業したが、暫くして業績不振で東京から出店した会社が撤退し歯抜けの状態となり、市内のやる気のある若者を募って「命がけ店舗」を企み、起死回生を狙った。

サントピアの企画室から声がかかった木村さんは、アクセサリーではなく洋服のセレクトショップとして出店した。

同時に出店した「YOコネクテブ」の大内義美さん等共に、地元の同世代の人達と競いながら徐々に業績を伸ばした。

サントピアの盛況と活況の源はこうした地元の若者によるところが大きく、決して東京資本の全国展開の店ばかりではない。

当時の店で、今でも市内の各地に分散して営業している店は多い。

  

木村さんの「K-SHOP ケー・ショップ」(水戸市中央2丁目5-24)は逆川が桜川と合流する場所の若干上流の川べり、大きな楠とレンガ造りに蔦が絡まった個性的な店として継続している。

 

地元志向で、顧客と親戚の様な親しい関係を築きながら商売するのはサントピアの遺伝子だと思う。

 

 

木村さんがさらに尊敬できる人物に思うのはカフェレストラン K'S CLUB ケッツクラブ」(水戸市城南1丁目3-4)のオーナーであることだ。

 

駅南に水戸市役所が移転したが、街としての体裁が整わないがこれから発展すると思われる場所に、奇妙な建物が出来た。

 

奥には樟の大木が1本植わっている。


 

平屋でアールデコ様式のガラス張り。

そこに、ベントレーと思われるクラッシクカーが1台置かれて在るだけ。

地下もありそうだが、何が在るわけでもなさそう。

 

何が出来るかと興味津々であった。


 

数年の後、地下にパスタを中心としたレストランとして開業した。

内装はアンティークな匂いの漂う空間。

高層化した方が効率は良いのに敢えてそうはしない。

 

それから35年位経つだろうか、そのレストランは今でも活況を呈している。

栄枯盛衰の激しい飲食業界で継続することは並大抵ではなかろう。

 

K-SHOP」にも「K'S CLUB」にも木村さんが顏を出して差配しているようには思えない。

店舗の建築からそうだんした内装まで、商品やメニューの構成まで全ては木村さんなり奥様との相談の上だろうが、決して表に出ることはなく裏方に徹している。

この様な運営の仕方もサントピアの遺伝子のように思える。

 

サントピアの解体工事も進んでいるようで、何れ近いうちに姿を消すことだろう。形はなくなろうとも、遺伝子は多くの人達によって受け継がれていくだろう。

 

サントピア水戸の時代への挽歌 其の⑬

「サントピアの遺伝子」其の3

 

この一連の記事は高橋の感想と書き込みの有ったメッセージを転載してあり、登場人物に取材したり、事実を確認してはない単なる「お話し」として読んでいただきたい。