芋銭の菩提寺 「得月院」 @牛久市城中町258
旧・牛久城の大手門・陣屋近くの芋銭の菩提寺 「得月院」
小川 芋銭(おがわ うせん)は1868年3月11日(慶応4年2月18日) - 1938年(昭和13年)12月17日)19世紀から20世紀前半にかけて活躍した日本の日本画家。
小川芋銭「河童百図<因指見月>」 昭和12年 茨城県立近代美術館蔵
水辺の生き物や魑魅魍魎への関心も高く、特に河童の絵を多く残したことから「河童の芋銭」として知られている。
絵筆を執る傍ら、「牛里」の号で俳人としても活発に活動した。
長塚節や山村暮鳥、野口雨情などとも交流があった。
小川家は常陸国牛久藩の大目付であったが、廃藩置県により新治県城中村(現在の茨城県牛久市城中町)に移り農家となった。
最初は洋画を学び、尾崎行雄の推挙を受け朝野新聞社に入社、挿絵や漫画を描いていたが、後に本格的な日本画を目指し、川端龍子らと珊瑚会を結成。
横山大観に認められ、日本美術院同人となった経歴を持つ。
旧牛久城の大手門・陣屋近くの「得月院」本堂。
小川家墓地。
今回、山本 哲士さんの案内で芋銭の暮らした牛久沼を歩いたが、牛久沼の地理的・行政的な特殊性を感じた。
牛久沼(うしくぬま)は、茨城県龍ケ崎市にある一級河川利根川水系の小貝川支流に含まれる沼。
沼に近い牛久市と同じ名前であるが、全域が龍ケ崎市の区域内だが、接する自治体は牛久市、つくば市、取手市、つくばみらい市。
従って、沼畔の道路を走っていると、頻繁に市の標識が変ることで実感する。
「抱樸舎」(ほうぼくしゃ)
「雲魚亭」の数軒先に住井 すゑ(すみい すえ、1902年 - 1997年)の「抱樸舎」が在る。住井は、奈良県出身の小説家で代表作は『橋のない川』。被差別部落出身ではないが部落差別について取り組んだ。
自宅敷地内に「抱樸舎」(ほうぼくしゃ)を建て、人間平等思想の学習会を行った。








