「サントピア水戸」の時代への挽歌 其の⑧

再開発は何をもたらしたか。

 

解体工事の進むサントピア跡地。

 
  

50号線から。


 
  

東側を銀杏坂から。

 
 

西側を黒羽根町の通りから。

 

 

第二次大戦の焦土の中から徐々に復興した水戸市の商店街。

泉町2丁目は常陸太田から進出した「志満津」と江戸時代からの呉服店「伊勢甚」が道路を挟んで競い合うようになった。

それまではどの商店も特別に大きいという訳ではなかったが、「志満津」と「伊勢甚」の競合はお互いを拡大させた。

隣接する住宅などを買収し、木造店舗から鉄筋コンクリートビルを建設し百貨店へと成長した。

屋上のミニ遊園地、最上階の食堂など備えた両店の並立は泉町の商店街の核となり、郵便局から泉町の南町商店街のなかの中心を占めるようになった。

 

対抗するように南町の商店街は、地元有志が協同組合・会社設立などにより大手のスーパーを核として誘致する動きとなり、

 

●南町4丁目に1971年(昭和46年)に東光ショッピングセンター【1980年(昭和55年)にユニー水戸店】が開店。*1993年(平成5年)閉店。

隣接して、田原屋水戸店が在った。

 

●南町2丁目に1973年(昭和48年)がダイエー水戸店開店。

2005年(平成17年)閉店。現在分譲マンション建設中。

 

 

水戸駅前には

●水戸駅ビル・エクセル

1985年(昭和60年)3月~現在営業中。

●西友水戸店(水戸駅前 1971年9月~2009年3月。

●高島屋水戸・ローズランド(水戸駅前)撤退後の現在も「天恩ビル」として存続

●丸井水戸店。

西側にあった小規模な店舗から1993年(平成5年)2月東側の再開発ビル移転。

㊟丸井水戸店のビルの所有者は「水戸都市開発株式会社」

出資構成 水戸市40%、権利者20%、(株)丸井20%、その他20

役員 取締役社長 高橋 靖

 

大手の進出と撤退を大雑把に記した。

 
 

 

サントピア開業のきっかけとなったダイエー水戸店はマンション工事が進行中。

西側と東側から。

 
 

ユニー、田原屋の跡地は広場と駐車場

 
 

呉服と書籍の「鶴屋」の跡地はコンビニとなった。

 
 

十字屋・水戸店(南町3丁目)後にコートワンビルとなったが廃業し現在は駐車場。

  

駅前の西友跡地は現在更地で利用計画なし。

 

共同ビル建設、組合方式による建設、買収による建設など、手法は異なったが大手の誘致は契約年数満了すればいとも簡単に撤退し、あとは更地か駐車場。

地の利が良ければ分譲マンション。

 

開発前、木造の商店街の賑わいは戻ってこない。

 (写真は何れも2016年7月8日、午前9時頃)