見川塚畑遺跡・現地説明会@水戸市見川1丁目

 
 

水戸徳川博物館の道路を挟んだ反対側で、桜山に隣接する紅葉谷を拡張する工事が進行中だが、その敷地に弥生時代の集落跡の遺跡があるとして発掘調査が行われている。

 

73日(日)午前10時から「見川塚畑遺跡」の発掘調査説明会が現地で開催された。暑い中、200人以上の人が集まったのは驚き。

 

70人位を1グループとし、3組に分かれて説明を聞いた。

  

見川塚畑遺跡は,弥生時代後期(約1,800年前頃)の集落跡で,当時の竪穴建物跡を20棟以上確認している。

土器や紡錘車などが出土しており,人々の暮らしぶりがうかがえる。

 
 

 

竪穴建物跡。

 

直径30センチ足らずの穴の深さが、約80㎝、

まともな道具が無い時代、どの様にして掘ったのか?

 
  

住居の想像図、柱を立てて茅などをふいたらしい。

縄文時代の竪穴住居とあまり変わらない感じだ。

 

炉跡、奈良時代に半島から竈が導入されるまで、煮炊きや暖房は全て炉の焚火。

 

 
 

炉の近辺から出土した弥生土器「十王台式」

十王台式は弥生時代の後期、主に茨城県の北部に多い。

住居跡あたりの土器の個数が多いのが、この遺跡の特色。



 
  

手掘りによる作業の実演。

 

発掘された十王台式の土器は、完成度が高い優品が多い。

 
 

なかには水戸より北部常陸太田辺りで作られた品もあるとか。

土質等により分かるらしい。

 

 

「十王台式の土器」は北関東の弥生時代の遺物としては優品で、工人の美的感覚は素晴らしい。

 

以前は発掘現場に良く足を運んだ、久し振りの発掘現場の見学。

地形や出土品から、1800年前の暮らしに思いをはせた。