「田中功起 共にいることの可能性、その試み」

@水戸芸術館 現代美術ギャラリー

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「現代美術は解らない」とはよく聞くことだ。

確かに、画面を観てもなんだか分からないこともあるが、取りあえず見ておけば、後になって腑に落ちる時もある。

判らないと決めつけず、体験してみることは大切だ。

 

先ずは眼で見ることだが、解説を読んでみれば納得できることもある。

美術でも文学と同様「ことば」が大切な部分もある。

 

今回の「田中功起 共にいることの可能性、その試み」タイトルからも分からないし、作家の「田中功起」についても良く判らない。

日本とロスアンゼルスを行き来し、世界的にも知られた作家のようだ。

 
  

『映像記録、インスタレーション、執筆、パフォーマンスおよびイベント企画といったさまざまな方法を通して、現在の社会状況や既成の枠組みに対し、別の視点やあり方を模索する活動で近年、注目されています。』(展覧会パンフレットの冒頭)

 

近年、美術の範囲が広まった。

1975年生まれの田中と同世代や更に若年の作家は、出来事の組織化や集団による営みとその記録を制作活動としている。

昨年水戸芸術館、日比野克彦をプロジェクトリーダーに迎えた「カフェ・イン・水戸 R」や北澤 潤の「リビングルーム泉町」も似た要素が有る。

 

『本展のために制作された新作は、一般参加者とファシリテーター、撮影チームらと一つ屋根の下をともにした6日間の滞在とそのなかでのワークショップがもとになります。

朗読、料理、陶芸、社会運動にまつわるワークショップ、ディスカッション、インタビューなどで構成された6日間を通して、移動や共同体についてそれぞれが考え、また対話し、実践する機会が設けられました。本展では、これらのワークショップの記録映像をもとにつくられた複数の映像に、作家が制作中に書いたノートなどが添えられ展示されます』(展覧会パンフレットより)

  

   
 
 

開会初日の20日(土)1600からオープニングレセプションが開かれは今回の展覧会に関わった多くの作家や友人達が水戸を訪れ水戸芸術館に集まった。

  
 

ビデオ展示が多いが、芸術作品としての映像でなく、ドキュイメントやインタビューなので見て、考え、理解することが可能。

全編は230分と云うから、一度で全部は観られない。

 

と云う事で今回に限り、一枚の入場券で3度入館が可能と云う。

更に、ごく一部を除いて写真の撮影もOK.

 

この日は「水戸市立三の丸小学校吹奏楽部演奏会」がコンサートホールATMで開催された。終了後、生徒さんや保護者も会場を訪れて鑑賞していた。