日本三名園(金沢市の兼六園、岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園)の一つを有する水戸の住人であれば、他所をみる必要がある。
明治43年に文部省から発行された『高等小学読本』巻一には、「・・・我ガ国ニテ風致ノ美ヲ以テ世ニ聞エタルハ、水戸ノ偕楽園、金沢ノ兼六園、岡山ノ後楽園ニシテ、之ヲ日本ノ三公園ト称ス。然レドモ高松ノ栗林公園ハ木石ノ雅趣却ツテ批ノ三公園ニ優レリ」とあり、高松市の栗林公園は日本三名園より優れていると記載されていたと云う事。
栗林公園も行かなければならない。水戸と高松の関連からも必見。
そこで、青春18切符・2015年冬の陣は高松の「栗林公園」を目的地とした。
途中、岡山を経由するが「後楽園」訪問は2015年11月19日から22日神戸~倉敷~岡山~姫路~神戸の3泊4日の旅で実現したので、今回は前回行けなかった「岡山市立オリエント美術館」訪問することに。
先を急ぐ旅、「後楽園」を観ないで高松に向かったのは残念だったが、2015年11月20日の思い出を記しておく。
後楽園は江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する庭園で、国の特別名勝に指定されている。
岡山市内を流れる旭川をはさみ、岡山城の対岸の中州に位置し、中洲の全てが敷地と云う広大な池泉回遊式の庭園で岡山城や周辺の山を借景としている。
川からの水を引き込んだ池と茶屋屋敷。
後楽園から見る岡山城が景観のポイント。
外観は黒漆塗の下見板が特徴的で、この印象から「烏城(うじょう)」とも呼ばれ、隣県の「白鷺城(はくろじょう)」とも呼ばれる姫路城と対比される。
現在の天守は1964年~1966年(昭和39年~昭和41年)鉄筋コンクリートにて再建、同時に不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部も再建された。
岡山市は中国地方と四国を結ぶ交通の要地。
人口70万に以上の政令都市で多面的、何度も訪れなければ全貌は知りえない。







