司馬遼太郎記念館@東大阪市下小阪3丁目

  

少し不便な立地の「和泉市立久保惣記念館」を十倉氏運転の車で観られたことは嬉しかった。さほど遠くない所に「司馬遼太郎記念館」が在る、との彼の話で東大阪市に向かった。

 

司馬遼太郎司(1923- 1996年)は、『坂の上の雲』『翔ぶが如く』『花神』『関ヶ原』『功名が辻』『峠』『菜の花の沖』といった小説、『街道をゆく』『この国のかたち』『風塵抄』などの紀行、エッセイ、対談などの作品で知られる。

特に、大河ドラマに複数回採り上げられ、新しい視点と斬新な描写で彼自身の歴史観を作って日本社会に広く影響を与えた。歴史上の人物に対して、現代の日本人が彼らに対して持つ人物イメージは司馬の小説に大きく影響を受けていると言って過言がない。

 

僕は小説を読んだことがないが『街道をゆく』の何冊かは、自分が旅した場所やこれから出かけたい土地などについて、独自の見解を読むのは面白い。

 

東大阪市の住宅街の一画、自宅と隣接地に安藤忠雄設計のコンクリート打ちっ放しの建物。

 

入り口の門前、駐車場には案内人が立っている。

後で聞いたのだが、館内を含め全ての案内の人達は近隣の方々のボランテア活動とのことで、司馬遼太郎に対する敬意の気持ちが強い人達多い証明だ。

  

雑木林風の庭の小径から書斎を間近に見ることができる。

  

212日は司馬遼太郎の命日「菜の花忌」。

野に咲く花、とりわけタンポポや菜の花といった黄色い花が好きだったこと

『菜の花の沖』という長編小説にも由来する。

  

花供養碑

司馬遼太郎自筆の歌碑。2006年、大阪・河内長野市にあった文化・リゾート施設から移設された。

 
  

地下1階、地上2階、ゆるやかな曲線を描くシンプルな構造。

 
  

高さ11メートル3層吹き抜けの大書架、約2万冊の蔵書の世界。

まさに、司馬遼太郎の精神を感じることのできる空間。

 

地下の講堂では出演したVTR等が放映されているので、理解が深まる。

 

案内のパンフレットに『この記念館は「見る」、というより「感じる」「考える」記念館という位置づけです。』とあるように感じる空間なのだ。

 

活動の経費は、入館料・友の会費・寄付などで成り立っているというが、働いている多くが、ローテションを組んだボランテアの人達、と云う事も素晴らしい。

 

落ち着いた雰囲気のカフェでコーヒーを飲み、庭の木立を眺めながら寛いだ。