白水阿弥陀堂@いわき市内郷白水町広畑219

  
 

白水阿弥陀堂は、平安時代末期の1160年(永暦元年)岩城則道の妻・徳姫(藤原清衡の娘)によって建立された。徳姫は、夫・則道の菩提を弔うために寺を建て「願成寺」と名付け、その一角に阿弥陀堂を建立した。

復元された浄土庭園は蓮沼の御堂といわれた平安の昔を想像させる。

 

「いわき市立美術館」の「西成田育男展 更地」を観て隣接の「いわき芸術文化交流館アリオス」を見学した。

「中央公園」の広々で緑豊かな公園の一角を占める文化施設「アリオス」は水戸が計画中の新た「市民会館」を考える上でモデルとすれば、水戸の計画は沢山の問題点を宿すとの考えは深まった。

  

公園の一郭に「東日本大震災慰霊の永遠の燈火」

  

放射線計量のサインボードが設置されていた。

水戸とは一桁異なる数値で、事故の終息は次の世代に引き継がれる。

 

  

「いわき」まで来た、「白水阿弥陀堂」をお詣りしたい。

今回で3度目の訪問だが、20年ぶりになろうか。

JR内郷駅からが近いが、いわき駅から川平行きバスで「阿弥陀堂入り口」まで約30分、バス停からは徒歩5分。

  

 
 

阿弥陀堂は東・西・南の三方を池に囲まれ、正面に当たる南から中ノ島を経由して御堂にいたる参拝道が設けられている。

 

 

更に北・東・西は山で囲まれており、阿弥陀堂を中心としたこれらの空間は、正に平安時代末期に盛んだった浄土式庭園で平泉の毛越寺と同様だが、規模はかなり異なる。

 

 

阿弥陀堂は方三間の単層宝形造で屋根は柿葺。

堂内の壁板には壁画が描かれていたと思われるが、現在は一部に僅かな面影が残っているのみ。

内部には阿弥陀如来像を中心に、両脇侍の観世音菩薩像と勢至菩薩像、ならびに二天像(持国天像、多聞天像)の5体の仏像が安置されている。

内陣の格天井にも阿弥陀像が描かれていた。

 

東北地方に現存する平安時代の建築は、岩手県平泉町の中尊寺金色堂、宮城県角田市の高蔵寺阿弥陀堂、白水阿弥陀堂。

福島県の木造建築で国宝に指定されているのは当堂のみ。

 

阿弥陀堂は平安時代末期の末法思想に伴って建立されたが、現在の日本の置かれた状況は「末法の時代」とも言える。