いちょうまつり@茨城県立歴史館

 

  

西の谷の2本の銀杏の樹が色づいてきた。

黄葉は一気で、あっと云う間に落葉してしまう。

既に、銀杏の実は熟し、遊歩道に沢山落ちているが、誰も拾わない。

 

銀杏の黄葉で僕が好きな風景は旧県庁舎の土塁の銀杏の大木群。

斜面の整理に伴い、枝をかなり伐ったから往時の面影は無いが、中学・高校時代の通学路で思い出が浮かぶ。

 

近代美術館に至る銀杏並木も、千波湖畔と一体となった風景は晩秋・初冬の味わいで明治神宮絵画館前の並木を連想させる。

  
 

歴史館の旧水農校舎前の銀杏並木も見事で、欅等の茶褐色に染まった木々とのコントラストは、まさに秋もたけなわ。

 

   

 

白の山茶花、これもまた初冬に欠かせない。

 

111日~23日まで「いちょうまつり」が開催される。

特に13日(金)は「茨城県民の日」入場無料で、高校生によるお茶会(県立東海高校茶道部)や「 いちょう並木コンサート」が開かれる。和太鼓・箏・三絃奏・水戸啓明高校ジャズバンドなど多彩な催し。

12日から15日までは「いちょう並木ライトアップ」も行われる。

  

外務省外交史料館・茨城県立歴史館共催の特別展「日本外交のあゆみ展」は見どころが沢山だ。

吉田茂元首相の、サンフランシスコ講和会議における「対日平和条約受諾演説の原稿」[1951年(昭和26年)98]を読んだ。

サンフランシスコ講和会議に全権団顧問として随行した白洲次郎は、首席全権であった吉田首相の受諾演説の原稿が、GHQに対する美辞麗句を並­べ、かつ英語で書かれていたことに激怒、「講和会議というものは、戦勝国の代表と同等­の資格で出席できるはず。その晴れの日の原稿を、相手方と相談した上に、相手側の言葉­で書く馬鹿がどこにいるか!」と一喝、受諾演説原稿は急遽日本語に書き換えられた。随行員が手分けして和紙に毛筆で書いたものを繋ぎ合わせた長さ30mにも及ぶ巻物となり、内容­には奄美群島、沖縄並びに小笠原諸島等の施政権返還が盛り込まれた。

推敲のあとも残るこの文章には、占領から独立に向かう日本の気概が示されており、白洲次郎の姿が浮かぶ。  

 

水戸徳川家第12代当主・徳川篤敬の次男で、一橋徳川家第12代を継いだ参院議員・徳川宗敬は講和会議の全権団の一員として参加している。(後列左から2人目が宗敬)

1984年(昭和59年)に伝来の家宝計5600点を茨城県立歴史館に寄贈し「一橋徳川家記念室」が設けられた。