明窓浄机館は国立駅下車、南口から「富士見通り」を直進して徒歩十分とあったので、南口の前の広い通りと思いこみ歩きだした。
広い通りに桜・銀杏・松・欅の大木が連なっている。
桜は「桜守り」の多くのボランテアによって保護されているらしい。
水戸でも「千波湖千本桜の会」が発足し、歩み始めた。
お店や住居もとてもおしゃれ。
いつぞや、大手のデベロッパーの高層マンション計画を認めないことで訴訟になったことが報じられたが、この街路に高層ビルは馴染まないと思える。
一橋大学の校門を過ぎ、どうも通りを1本間違って「大学通り」らしいと気づいた。
駅前から放射状に延びる通りは、大正時代~昭和初期にヨーロッパの年に見倣った都市開発の手法で、田園調布なども同様だ。
角では10メートル足らずが、進むにしたがって大きな違いになる。
駅まで戻らなくても、大学構内を抜ければ、「富士見通り」に至るのではと考えた。
幾つかの煉瓦造り風な建物は学問の府であること実感させる。
街路樹ばかりでなく構内にも松が目立った。
日本の原風景は松が重きをなすが、松くい虫の被害によって多くが失われた。
害虫に強い品種も有るらしい。
街路樹を始め、松を植える運動が盛んになれば、と願っている。
構内を歩きながら、友人のQさんを思い出した
Qさんは一橋出身の弁護士と云う変わり種、ジャズを始め共通の趣味で仲良くなった。彼は、この地で勉学に励み、この近辺でジャズの洗礼を受けたのだろう。優秀な人ほど早死に、の傾向があるように思える。
その例で50そこそこで亡くなってしまったのは残念だ。
キャンパスの中を右往左往しながらやっと出口を見つけた。
そこから「明窓浄机館」までは5分足らずで到達。
約1時間の無駄足となったが「大学通り」の素晴らしい景観と一橋大学のキャンパスを体験できたことは幸せだった。
JR国立駅の三角屋根の駅舎は国立のシンボルだった。
中央線の高架化に伴って2006年に解体されたが、市民らの保存運動の結果、東京都国立市がほぼ元の位置に復元することになったようだ。
ランドマークであった古い建造物を保存して行くことは、とても大切なことだ。






