青柳家住宅@仙北市角館町
横手倫理法人会のモーニングセミナーが終了して、眞壁さんの案内で角館に向かう。角館までは約1時間のドライブらしい。
「みちのくの小京都」と呼ばれる角館を一度は訪ねてみるべき、と友人のUさんからのアドバイスを受けていた。
眞壁さんの好意で、角館訪問が実現することになった。
角館の街に入って間もなく、武家屋敷の町並み。
なるほど、とおもったら「ここより本格的なところがこの先に在ります」とのこと。
後で調べたら、「田町武家屋敷」と呼ばれているエリア。
新潮社の創設者を祈念して建てた「新潮社記念文学館」も在る。
しばらく走って、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けている「内町武家屋敷」。確かに道幅も広く、往時のままに武家屋敷が並び、通りは壮観。
600mの武家屋敷通りには昔のままの薬医門、黒板塀などと枝垂れ桜が見事に調和している。
各屋敷の枝垂桜の大木が、通りに枝を垂らしている。
「桜の時期は大賑わいです」と眞壁さんの説明だが、これだけの大木の枝垂れが咲いた姿は見事であるに違いない。
桜の時期に訪れるのは難しそうだから、満開の姿を想像する以外にない。
「青柳家住宅」
青柳家は、もともと蘆名氏の家臣団の優力な武将で、蘆名氏が絶えた後は佐竹北家に仕えた。3000坪の敷地内には、母屋、武器庫、青柳ミュージアム(秋田蘭画)、秋田郷土館、武家道具館、ハイカラ館(アンティークギャラリー喫茶)などの資料館があり、貴重な品々約3万点が公開されていた。
角館は秋田藩唯一の焼き物の産地、白岩焼。
夜具の「かいまき」厚地で大きい。
よくぞ保存されてきたものだ、と感嘆する。
水戸や茨城でこれほどの品が保存されている旧家は見たこと・聞いたことがない。
展示室や、喫茶室、お土産売り場がある。
美術館・博物館と同じと考えればよい。
「田沢湖もご案内しましょう」と眞壁さんのお誘いもあったが、この後、新庄を経由し山形と山寺方面に行きたいと思っていたので、次回に、と云うことに。
「では、《後三年の古戦場》の跡に立ち寄りましょう」とのこと。
横手市美郷町金沢は「後三年合戦」終焉の地に推定され、「後三年の役金沢資料館」が在る。
「後三年合戦」は対立関係が変化してゆくので内容が分かりづらい。
しかし、清原氏として唯一生き残った清衡は姓を「清原」から「藤原」へ改め平泉に移る。
以後100年に渡る奥州藤原氏の平泉黄金文化の礎を築いた。
資料館で「後三年合戦」のVTRや資料を拝見し、幾らか理解が深まった。
資料館をあとに、横手駅まで送って頂く。
2010年に横手を訪問した際には工事中だった横手駅の駅舎、当然だが竣工し、駅前広場も整備されていた。






