児島虎次郎記念館・オリエント室@倉敷アイビースクエア
大原美術館は想像以上の広さと広範囲なコレクションであったが、倉敷アイビースクエア内の「児島虎次郎記念館」内の「オリエント室」にも驚いた。
倉敷アイビースクエアは1889年(明治22年)に建設された倉敷紡績創業の旧工場で、1973年(昭和48年)に改修され、観光施設として再生された。
児島虎次郎記念館はその一部で、大原美術館の共通券で入場できる。
児島虎次郎(1881年– 1929年)は、1902年(明治35年)東京美術学校(現在の東京芸術大学)西洋画科選科に入学。
倉敷の実業家大原家の奨学生となる。のち、大原家当主となった1歳年上の大原孫三郎とは生涯親交を持ち、経済的援助を受け続けた。
かねてよりわが国には本格的な西洋絵画のコレクションや美術館がなく、西洋画を学ぶ人たちにとって極めて不便な状況であることを残念に思っていた児島は、その収集を孫三郎に進言する。
その結果、自身の留学と絵画買い付けのため数度ヨーロッパに渡りモネ、エル・グレコ、ゴーギャン、ロダンなどの作品を購入した。
その行きと帰りにエジプトに立ち寄りカイロ、ギザのピラミッドなどを訪れ、非常に感銘を受けた。1923年3月の復路では、カイロ、ギザのほかルクソールなどにも訪れている。 この時、児島は骨董店などをめぐり、エジプト古美術を収集した。
「児島虎次郎記念館・オリエント室」には、この時に購入されたエジプト・オリエント美術のコレクションが展示されていた。
現在は、世界中の国が文化財の持ち出しが禁止されている。
当時は、その様な状態でなかったから、購入した大量の品々を持ち出すことが出来た。
女神イシス、または女神ネフティス。木製・金彩:高さ34,5㎝。
プトレマイオス期(紀元前304年-紀元前30年)
猫・ブロンズ 高さ17㎝ エジプトファラオ時代の末期(紀元前663-525)
この収集品が後の大原美術館建設の礎を築いたが、児島虎次郎が将来した古代エジプトやペルシアの古物は当事国内最大のコレクション。
蒐集品から児島虎次郎の卓越した審美眼と学術的先見性が窺える。
素晴らしいコレクションだが、展示室内の照明や展示の什器等改良すべき点を感じたが、予算の面等で致し方ないのかもしれない。
とは言え、100年近く前に西欧の近代美術、中近東・エジプト美術、中国美術などに対する炯眼に驚くほかない。




