網代茂忌
(1988年(昭和63)・尋ねあてた 中村彝のデスマスクを手に)
ここ数年、東京で暮れ正月を過ごした。
今年は、水戸で暮れ正月を送ったので、芸術館広場でのカウントダウンライブを聞き、信願寺に除夜の鐘を撞きに行き、雷神さんにお詣りした。
先を考えず、川の流れの如く生きてきたから、整合性はない。
今年、還暦を過ぎ干支を一回りし、二巡目に入った。
生まれたからにば何かは成し遂げたい。
と人並みの気持ちだけはある。
今日(3日)は、郷土史家として大きな足跡を残した網代茂さんの命日なので、菩提寺の善重寺(酒門町2096-2)にお詣りした。
善重寺は浄土真宗親鸞聖人ゆかりの24輩第12番の寺で、太子堂には鎌倉時代末期の木造聖徳太子立像(国指定文化財)が安置されている。
太子堂の脇には、私の尊敬する彫刻家の後藤清一さんの墓所もある。
若き頃、後藤さんが庵を結んだ竹林は駐車場となっている。
何やかにやと善重寺には月に一度以上は訪れている。
網代茂(1926-2010)は
大正15年6月25日、水戸城二の丸、三層櫓下の水戸市柵町に生まれた。
逓信講習所を卒業後水戸郵便局電信課に勤務。
昭和20年、相模原の第一陸軍通信連隊無線通信隊に最後の現役兵として入隊。
敗戦を迎え復員。
昭和28年、新いばらきタイムスの記者として入社。
編集局長・営業局長・副社長を歴任した。
その間、郷土に連なる国内外の旅の会を企画し添乗並びに解説は好評を博した。
横山大観、常陸山、中村彝の顕彰事業や記念碑の樹立にも携わった。
特に『水府巷談』(1986.)『水府異聞』(1989.)水府綺談 (1992.)何れも「新いばらきタイムス社」刊の三部作は、水戸の歴史を語る絶好の書として多くの書物に引用されることが多い。
記者の傍ら、現場に足を運んだ検証の記録は、歴史の専門家とは異なる。
更には、『水戸茶道史考』(伊豆山善太郎著)を多く図版や解説を挿入、分かりやすい読み物として編集し刊行に漕ぎつけた。業績も大きい。
没後、はや五年が経った。
後継する「街の歴史家」の現れることを念じ。
合掌

