「北大路魯山人展」@世田谷美術館

 

松本瑠樹さんのコレクション「ユートピアを求めて」を観るのに世田谷美術館に。

世田谷美術館は緑豊かな東京都立砧公園の一角に1986年に開館した区立の美術館、交通の便が良くないので敬遠していた。

(地階には広々とした、中庭がある)

近くには青果市場やゴミ焼却場なども在るが、恵まれた自然環境を生かした美術館で、庭園には彫刻作品も配置されていた。

 

玄関の前には、”戦没学生記念像”として知られる「わだつみの声」(本郷 新作 1950ブロンズ)がある。この像は札幌の「本郷新記念館」を訪れた際も観たが、本郷新の代表作と云える。

 

1階では松本瑠樹コレクションの「ロシア・アヴァンギャルドとソヴィエト・モダニズム」のポスターが展示されていたが、2階の会場では館蔵品の「北大路魯山人展」が開催されていた。

北大路魯山人(1883-1959)は書、篆刻、陶芸、絵画、漆芸、そして美食家として名を高めた多彩な人物で、没後50年以上を経ても、或いは、生存中より高い人気が有る異色の作家だ。

 

私は骨董の世界に入門した当時、先輩のFさんから「魯山人の芸術論集」を読むことを勧められ、何冊かを買って読んだ。モノの観方を知る格好な教材で、今でも心の隅に常にある。

以来、魯山人に憧れ、鎌倉の旧居を訪ねたりもした。

笠間日動美術館の別館[春風萬里荘]は旧居の一部を移築したものだ。

 

世田谷美術館の所蔵する魯山人の作品は、魯山人と深い親交を結び、終生彼を支援し続けた元利根ボーリング社長・塩田岩治氏の旧蔵品。

塩田氏は昭和の初めに窯場に水を引いた縁で交流が始まり、魯山人が窮地に追い込まれたときに救った実業家の一人でもあった。

塩田家で日常の器として使われていた157件が、一堂に展示された。

 

魯山人の器は、経営に携わった「星岡茶寮」で使用するため作り始めたことからも当然と言えるが、調理人の立場から「用の器」に徹していることに特徴がある。何れかの「本歌」を上手く取り入れ、陶工の下地に幾らかの手を加え、文様や文字を書き加えるなどして、魯山人流、の作品としている。

 

観ても良いが、料理を載せてさらに美しくなる、のが特徴だ。

 

 

《染付葡萄文鉢》1941

 

《赤呉須水注》1937

 

《椿図》制作年不詳

 

《椿文鉢》1940年頃

 

《色絵染付鮑形鉢》1935年~44

 

《天上天下唯我独尊》1940

 

 

 

*京都の「何必館」地下1階に魯山人の作品が常時展示されているが、其処で観てから数年ぶりに、多くの作品を観ることができた。

 

*最近、白磁一色の器が流行っている。

提供する側からいえば、無難で便利かもしれないが、味気ない事この上ない。

魯山人の心を見習ってほしい気がしてならない。