JAZZじゃ!JAZZじゃ! JAZZじゃ!
『クリネタ』No.23 /2013年冬号
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)の「勝井三雄展 兆しのデザイン」展は、ギャラリー展示と言うより美術館並みの展覧会と感心した。
帰りに出口で、同じ大日本印刷の系列の「MMM」と言うミュージアムショップが隣に在るのを知り、覗いて見た。
小さいビルだが「世界のアートとデザインを暮らしに」をコンセプトにライブラリー、ブティック、アートスペース があり、日本に居ながら世界のアートとデザインに触れられる趣向となっている。特集:JAZZじゃ!JAZZじゃ! JAZZじゃ!と題された雑誌が目に入り、思わず買ってしまった。
1960年前後に青春時代を送った者にとって、JAZZは特別な意味を持つ。
その頃、新宿の学校に通っていたが、京王線が路面を走り、西口前にはスバルビルが1つ。遠くにガスタンクが見える程度、今とは景色がまるで異なっていた。
級友にバンドボーイと歌手の見習いをしているMがいた。
当時はダンスホールが沢山あり、そこには踊り子がいる。チケットを買って1曲ずつ踊ってもらう、ダンス教習所のような感じだが、音楽は全て生バンド。
友人の仕事の日に、渋谷や新宿のホールに行った。
その内バンドの符丁、数字はCDE(ツェー・デー・イー)、言葉はひっくり返していう、お金はネカ・飯はシーメなどを日常の生活でも使うようになった。アートブレーキ―とジャズメッセンジャーの来日した頃で、イーストコーストの黒人ジャズが主流になる時代「ファンキー」が大流行した。
彼らの服装に憧れ、サングラスやファンキーハット呼ばれるハンチング、スリムなノータックのズボンにTシャツ。
学校の帰り道は必ずジャズ喫茶、輸入盤のレコードは高いし、アンプやスピーカーも高価だから自宅にある人は稀で喫茶店で聴くのが当たり前の時代だった。主には新宿西口の「ヨット」、時には角筈の都電駅前の「汀」だったか「木馬」だったか、花園神社方面の「キーヨ」にも行ったが、この店は通が多い感じで敷居が高かった。
日によっては八重洲や有楽町の「ママ」、上野の「イトー」、渋谷の「スイング」巣鴨やお茶の水、浅草、などにも遠征した。
聞いているだけで話もしないのだから、今になっておもえば、飽きずに良く行ったものだと思う。
流れる曲のレコードジャッケットがカウンターの所に立てかけてあるだけだから、演奏者も曲名も良く分からずジャケットの絵柄で見当をつけ聞いているのだから、適当なものだった。
専門誌『スイングジャーナル』などを読んだこともあるが、理屈よりただ聞いているだけで満足だった。そんな時代を過ごした人たちの話がこの特集のテーマ。
人それぞれだから、思いは異なるが、共感するところは多い。
僕の中で、音楽は1960年代のジャズで終わり、その後は無い。
昨年12月初旬に行った神戸の街の紹介も有り、行く前に記事を読んでいれば、行ったであろう、素晴らしい店も有った。
更に、四谷の荒木町の紹介。
水戸の黒羽根町は雰囲気が近く、荒木町風になればと、いつも思っているので
興味深く読んだ。
一度も行ったことがないが「ブルーノート東京』の紹介も。
『クリネタ』とは奇妙な名前とおもった。「おもろい人生、たのしい創造。クリエイトのネタ満載、だからクリネタ!」と云うこと、らしい。デザイン、写真、コピー、ファッション、あらゆる分野のクリエイティブ情報をオモシロ楽しく編集が方針で内容豊富とある。発売日:3,6,9,12月の27日・サイズ:A5 120頁・編集長・長友啓典。
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)の「勝井三雄展 兆しのデザイン」展は、ギャラリー展示と言うより美術館並みの展覧会と感心した。
帰りに出口で、同じ大日本印刷の系列の「MMM」と言うミュージアムショップが隣に在るのを知り、覗いて見た。
小さいビルだが「世界のアートとデザインを暮らしに」をコンセプトにライブラリー、ブティック、アートスペース があり、日本に居ながら世界のアートとデザインに触れられる趣向となっている。特集:JAZZじゃ!JAZZじゃ! JAZZじゃ!と題された雑誌が目に入り、思わず買ってしまった。
1960年前後に青春時代を送った者にとって、JAZZは特別な意味を持つ。
その頃、新宿の学校に通っていたが、京王線が路面を走り、西口前にはスバルビルが1つ。遠くにガスタンクが見える程度、今とは景色がまるで異なっていた。
級友にバンドボーイと歌手の見習いをしているMがいた。
当時はダンスホールが沢山あり、そこには踊り子がいる。チケットを買って1曲ずつ踊ってもらう、ダンス教習所のような感じだが、音楽は全て生バンド。
友人の仕事の日に、渋谷や新宿のホールに行った。
その内バンドの符丁、数字はCDE(ツェー・デー・イー)、言葉はひっくり返していう、お金はネカ・飯はシーメなどを日常の生活でも使うようになった。アートブレーキ―とジャズメッセンジャーの来日した頃で、イーストコーストの黒人ジャズが主流になる時代「ファンキー」が大流行した。
彼らの服装に憧れ、サングラスやファンキーハット呼ばれるハンチング、スリムなノータックのズボンにTシャツ。
学校の帰り道は必ずジャズ喫茶、輸入盤のレコードは高いし、アンプやスピーカーも高価だから自宅にある人は稀で喫茶店で聴くのが当たり前の時代だった。主には新宿西口の「ヨット」、時には角筈の都電駅前の「汀」だったか「木馬」だったか、花園神社方面の「キーヨ」にも行ったが、この店は通が多い感じで敷居が高かった。
日によっては八重洲や有楽町の「ママ」、上野の「イトー」、渋谷の「スイング」巣鴨やお茶の水、浅草、などにも遠征した。
聞いているだけで話もしないのだから、今になっておもえば、飽きずに良く行ったものだと思う。
流れる曲のレコードジャッケットがカウンターの所に立てかけてあるだけだから、演奏者も曲名も良く分からずジャケットの絵柄で見当をつけ聞いているのだから、適当なものだった。
専門誌『スイングジャーナル』などを読んだこともあるが、理屈よりただ聞いているだけで満足だった。そんな時代を過ごした人たちの話がこの特集のテーマ。
人それぞれだから、思いは異なるが、共感するところは多い。
僕の中で、音楽は1960年代のジャズで終わり、その後は無い。
昨年12月初旬に行った神戸の街の紹介も有り、行く前に記事を読んでいれば、行ったであろう、素晴らしい店も有った。
更に、四谷の荒木町の紹介。
水戸の黒羽根町は雰囲気が近く、荒木町風になればと、いつも思っているので
興味深く読んだ。
一度も行ったことがないが「ブルーノート東京』の紹介も。
『クリネタ』とは奇妙な名前とおもった。「おもろい人生、たのしい創造。クリエイトのネタ満載、だからクリネタ!」と云うこと、らしい。デザイン、写真、コピー、ファッション、あらゆる分野のクリエイティブ情報をオモシロ楽しく編集が方針で内容豊富とある。発売日:3,6,9,12月の27日・サイズ:A5 120頁・編集長・長友啓典。