
🌸ヨウスケ誕生の日
それは1994年1月18日、火曜日の午後。
家内と僕は、住宅街の中にある小さなフランス料理店にいた。
仕事の途中で見つけて、「いつか入ってみたいね」って話してた店だ。
なぜ火曜日の午後にそこにいたのか、もうはっきり覚えていない。
どんな料理が出てきたかも記憶はあいまい。
でも最初にスープを口にしたことだけは、なぜか覚えている。
そのときだった。
家内が小さな声で、「破水したみたい」とつぶやいた。
予定日も近かったから、そうなってもおかしくはなかった。
慌てて食事を切り上げて病院へ。
あのときの焦りと緊張感、今も胸の奥に残っている。
病室に入った家内を見送り、僕は待合室で待つことに。
そのあたりからの記憶は、途切れ途切れだ。
どの順番で何が起きたのか、まるで映画のフィルムが抜け落ちたみたいに思い出せない。
しばらくして「今日か明日には生まれそうです」と言われ、
簡易ベッドのある小部屋で付き添うことになった。
そして、日付が変わった真夜中。
陣痛が始まったのか、家内が苦しそうに唸り声を上げた。
「お父さん、腰をさすってあげて」と看護師さん。
僕はベッドの脇に腰を下ろし、「この辺か?」なんて言いながら、
無心で右手を動かしていた。
やがて、いよいよ分娩室へ。
呼ばれて入ると、家内と看護師さんが二人。
しばらくして、赤ん坊の産声が響いた。
あの瞬間の音は、一生忘れられない。
ドラマでよく見るような、「お父さんが赤ちゃんを抱く」シーンはなかった。
看護師さんに「はい、外でお待ちください」と言われて、
そそくさと部屋の外へ出た。
病院の窓の外は、もう夜が明けていた。
薄い雲の向こうに、うっすら青空が見えた。
筋肉痛の右手をさすりながら、
冷たい空気の中、車を走らせて帰る僕。
その日は水曜日。
ちょうど仕事はお休みの日
だった。
父の休日の早朝に生まれてきた、親孝行な息子。
ありがとう、ヨウスケ。
——後日談。
出産の前日のあのフランス料理のことを家内に聞いたら、
「もう二度と行きたくない!あんな不味い料理食べたことない!」って怒ってました。
確かにまずかった(笑)。