21歳の誕生日に、職場の先輩から十年日記帳を頂いた。
以来、1日も欠かさず記録を続けて3冊目が終わり、今年から4冊目に突入した。
1冊目は、十年日記の元祖・石原出版社の日記帳で、それはそれはさすがによくできていた。
これで十年日記の面白さを知った私は、ずっと続けていきたい、2冊目は手作りしようと決め、1冊目のレイアウトを見本にして、バインダーとルーズリーフで2冊目を作った。
その2冊目の半ばで、今度は尊敬する先生から、ミッキーマウスの可愛い十年日記帳を頂いた。
この日記帳は年号が印刷されておらず、自分基準でスタートできる仕様になっていたので、私は2冊目が終わるまで寝かせておいた。
そして、2冊目が終わっても、十年日記を面白いと思う気持ちは変わらず、3冊目を使い始めた。
1日の終わりに日記を書くことは、もうすっかり習慣になっていて、日記をやめようなどということは、もはや考えもしない。
3冊目もあっという間に終わり、今年いよいよ4冊目に突入したといった次第である。
さて、その4冊目を、私は再びバインダーとルーズリーフで手作りした。
夏の盛りに、ひたすら線を引き続けること2日間。
時給計算にしたら、市販の日記帳を買った方が安いくらいだと思うのだが、私は4冊目に、あるものを閉じ込めたかったのだ。
それは、線。
私は線引きに、色鉛筆を使った。
アフタヌーンティーの、1本の芯に4色が集まっている、とてもおしゃれな色鉛筆である。
その色鉛筆は、高校の部活の先輩が卒業する時に、後輩である私達にくれたものだった。
楽譜もろくに読めないまま吹奏楽部に入部し、触ったこともないフルートを手取り足取り、1から教えてくれたその先輩は、とても優しく、清楚で可愛らしく、女性として憧れるような人だった。
私はその思い出深い色鉛筆を、勿体なくてずっと使えずにいたのだが、十年日記帳を作ると決めた時、線引きに使うのはこの色鉛筆だと、それしか思い浮かばなかった。
366日分の線を引き、日付を入れて……そこまでの大仕事を1本で足りるかどうか、やってみなければ分からない。
でも、この色鉛筆を使わないまましまい込んでいるのはもっと嫌で、とにかくやってみて、足りなかったらその時に考えようと思った。
そして、私は線を引き始めた。
何度も削っているうちに、色鉛筆はどんどん短くなっていく。
あと何ヶ月分……。
あと何日分……。
色鉛筆と駆け引きをしながらの地道な作業。
あと1日分、というところまできた時には、サックをつけるのもギリギリな程に短くなっていたが、色鉛筆はとうとう最後まで持ち堪えてくれた。
短くなりすぎて、もう削ることもできない。
こうしてこの色鉛筆は、色鉛筆としての形を失った。
しかし、私の日記帳の中で、線として形を変えて、その存在をしっかりと残し、思い出までも閉じ込めてくれた。
私はこれから10年間、毎日日記を書くたびに、O先輩の優しさと思い出に触れることができるだろう。

