学生時代、生徒手帳に好きな人の影をしのばせるのが好きだった。

そう、写真ではなく、影。

当時は、写真のプリントは、今ほど容易にできるものではなかった。

ネガフィルムをカメラ店に持っていき、1枚15円とか30円とか。

そもそも、写真を撮るという行為自体が非日常的だったから、写真はとても貴重で、持ち歩くという発想はなかった。

好きであればあるほど、その人の写真は汚したくないし、なくしたくないので、家に留め置くことになる。

だから、持ち歩くのは、影。

その人の誕生日に小さくハートマークをつけたり、その人の発した言葉を書き留めたりして、自分にとって、写真に代わる、写真を超えるくらいにその人を感じられるものを仕込むのだ。

それが今は、写真がずいぶんと手軽で身近なものになった。

もはや電話をかけるという本来の機能よりも進化してしまったスマートフォンのカメラで、撮りたいものをすぐに撮り、見ることができる時代になった。

心ときめく写真を待受画面として設定し、日々眺めることも可能となったのだ。

その時、私は、その感覚が何かに似ている、と懐かしい気持ちになった。

それこそが、生徒手帳である。

生徒手帳とスマホの待受画面は、私にとっては、性質がとてもよく似ている。

開くたびに見てはハッピーな気持ちになれるものをひっそりと仕込むのは、楽しくて仕方がない。

思えば携帯電話を持ち始めて以来、私の待受画面は変遷してきた。

それはすなわち、私の好きな人の変遷でもある。

中でも、向井理の時期はかなり長かったが、気持ちのピークを過ぎるとともに、最近ではジャイアントパンダのシャンシャンになっていた。

ところが、これを変えたくて変えたくてうずうずし始め、とうとう私は待受画面を変えた。

まさに、心変わりの瞬間である。

自分の心が変わったことくらい、自分で分かっていたけれど、待受画面はそれを如実に表してくれる。

待受画面をパンダからエレファントに変えた今の私の心は、彼のことでいっぱいである。

ついでに、朝のアラームも「P.S. I love you」(歌・宮本浩次)に変えた。

愛してるぜと言われながら目覚める朝は、今までの人生において経験がないくらい幸せなひとときである。

鳴動時間5分、フルコーラスをそこそこの音量で流し、聴ききる。

ストップボタンを押さないので、ロック画面に戻ると、「聞き逃したアラーム」の表示が出る。

全然聞き逃してないんだけどね、とスマホに向かって小さくツッコミを入れる毎日なのである。