すべてありがたく受け止めております。
一つ一つ読みながら
自分の気持ちを
お答えしてるつもりなのですが
時に
回答の難しい質問に
出会うことがあります
先ほど目を通させてもらった
今日いただいたメッセージの中に
『たとえば、ご主人が気持ちが変わってやり直したいと言ってきたら、嬉しいですか?』
というご質問がありました。
(勝手に引用させてもらい、申し訳ありません
どうか、お許しくださいね)
これ、本当に
回答に悩みました。
かなり、時間をかけて考えましたが
明確に自分の気持ちを
お伝えできたか、ちょっと自身がありません。
嬉しいと感じる心が果たしてまだ
自分の中に残っているだろうか?
前に書いたような気がしますが
夫は、結婚直後に
職場の女性と不倫関係を持ちました。
初めての赤ん坊だった長男の育児に
必死だった当時の私にとって
信頼している人に裏切られた衝撃は
計り知れないものでした
思えば、私の心はあのとき
すでに壊れてしまっていたのかもしれない
ですから
単純に、嬉しいかと問われれば
多分、嬉しくはないと思います。
愛があるかと問われれば
多分、もうずっと昔に
私は、それをあきらめてしまったような
気がするのです。
ただ
付き合いから今日まで
思えば四半世紀
多分情に近いもの
男女の愛とはちがうかもしれないけれど
家族としての何かは
確実に培ってきたと
思っていました。
そちらの気持ちを前提に
やり直したいかと言われたら
どんな気持ちだろう?
わからない…
嬉しくはなくても安堵の気持ちは
湧くかもしれない。
でも、私はきっと
そんな自分が大嫌い…。
私の母は、私が中学の時に
父と離婚しました。
そして唯一いる弟は、
嫁の浪費癖に耐えかねて
10年ほど前にシングルファザーの道を
選んだ。
ここで、私まで離婚したら
世間に、親戚に、知人友人に
何と言われるか
どう思われるか…
私にとって実はこれこそが
愛とか情とかを凌駕する
何より大きな懸案事項だったりします
夫の裏切りから始まった結婚を
我慢してでも
持ちこたえようとしてきた私は
世間体とか、人目とか
そんなものばかり気にする
四角四面でつまらない人間で
周囲の期待に応えなければならない
という
ある種強迫観念みたいなものに
振り回されて生きてきたような気がします
ずっと優等生でいなければならなかった
たった一度の人生なのに
自由に生きることができなかった
でももう、それを取り返す元気は
私にはありません。
夫がどうこう以前に
私は自分を愛せない
子どもたちは愛しているけれど
自分は嫌い
夫は
そんな私を
愛せなかったのでしょう
とりとめの無い文章になって
読んで下さったかたには
申し訳ない限りです。
ですがここで
色々と自分を見つめ直す機会をいただけていること
深く感謝しています。
いままでのブログの中で
一番自分の中に踏み込んで
気持ちを書いたような気がします
今晩は、薬の力を借りて
ぐっすり眠ろうと思います
あしたが
幸せでありますように。
おやすみなさい。