論文をなるべくシンプルにお伝えするために内容を省いたり少し表現を変えたりしております。

※翻訳が適切じゃない等の理由で後日何回も訂正することがあります。

 

Incidence and Characteristics of Bath-related Accidents

Intern Med. 2019 Jan 1; 58(1): 53–62.

入浴中の事故の発生率と特徴

(https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/advpub/0/advpub_0825-18/_article/-char/ja/)

 

慶應義塾大学救急の鈴木先生を中心に実施された研究論文です。

 

<現状と研究の目的>

・入浴関連死は全突然死の10%以上を占める。犠牲者の多くは65歳以上である。

・全国の年間入浴関連死亡者数は約19,000人と推定される。

・今までの入浴事故調査研究は突然死のみを対象としている。

・それらの研究で突然死の原因は未確定のままになっている。

・入浴関連死に限らず生存者のデータを調べる必要がありそうなので今回やってみた。

 

<研究方法>

・前向き横断観察研究で、期間は2012/10~2013/3、東京都・佐賀県・山形県の3地域で実施。

・①心停止、②要救助者(生存者)、③全ての急性疾患、④入浴関連外傷 ←ここ重要

・入浴に関連して救急車が呼ばれた場合、浴槽や浴室から出るのに助けを要する場合が多い。

・上記を要救助者(生存者)と定義した。

・入浴関連の救急要請だった場合は「研究の対象である」と救急隊員がシステム登録するよう協力してもらった。

 

<統計処理とか>

2012年日本政府人口動態統計を用いて年齢別の入浴事故発生率を算出した。

・発生率は、10月~から6カ月間の人口10万人当たりの入浴事故発生数の合計とした。

・発生率の95%信頼区間(CI)は、β分布を用いて算出。

 

<結果>

・3地域で4,593件の入浴関連事故データが集まった。(Table1)

・内訳

①心停止:1,528件(33%)←この90%(1,374件)が浴槽内←更にこの79%(1,089件)が顔が湯に浸かっていた

②要救助者(生存者):935件(20%)←浴槽内に顔が浸かっていたのは154人

③急性疾患:1,553件(34%)←多くが浴槽外

④入浴関連外傷:577件(13%)←多くが浴槽外

 

・発生率(人口10万人あたり) ※年齢別で出してあるので原著論文も見てみてください(Table 3)。

①心停止:9.84件(95%CI:9.35~10.35)←もちろん圧倒的に高齢者が多い

②要救助者(生存者):6.11人(5.72~6.52人)←もちろん圧倒的に高齢者(略)

③急性疾患:急性疾患10.09人(9.59~10.60人)←もちろん圧倒的に(略)

④入浴関連外傷:3.78人(3.48~4.10人)←もちろん(略)

・月別で見ると④入浴関連外傷以外は冬(12月~2月)に多かった。④は季節によって変わりなし。

 

・②要救助者(生存者)935人 ③急性疾患1553人の症状内訳(複数選択可)

は救急隊判断で以下の通り。(Table4)

意識障害:②451人(48%) ③641人(41%)

倦怠感  :②646人(69%) ③646人(42%)

呼吸困難:② 34人(4%)  ③44人(3%)

胸部痛  :② 7人(1%)  ③ 26人(2%)

めまい  :②7人(1%)   ③72人(5%)

外傷   :②15人(2%)  ③72人(5%)

その他  :②17人(2%)  ③60人(4%)

 

・②要救助者(生存者)530人 ③急性疾患820人の症状内訳(複数選択可)

は病院医師判断では以下の通り。(Table5)

意識レベル低下:②160人(30%) ③167人(20%)

一過性意識消失:②260人(49%) ③460人(56%)

低血圧      :② 19人(4%)  ③20人(2%)

溺水         :② 84人(16%) ③29人(4%)

呼吸困難     :②57人(11%)  ③32人(5%)

胸痛        :②3人(1%)   ③21人(3%)

頭痛        :②4人(1%)   ③39人(5%)

めまい       :②14人(3%)  ③43人(5%)

麻痺        :②24人(5%)  ③38人(5%)

転落        :②18人(3%)  ③59人(7%)

外傷        :②14人(3%)  ③43人(5%)

 

 

・②要救助者(生存者)756人 ③急性疾患1051人の診断(Table.7)

一過性意識消失:②231人(30.6%) ③338人(32.2%)

意識障害(遷延?):② 62人(8.2%) ③52人(4.9%)

失神        :② 71人(9.4%) ③161人(15.3%)

低血圧      :②39人(5.2%)  ③84人(8.0%)

めまい       :②4人(0.5%)   ③34人(3.2%)

脱水        :②154人(20.4%) ③175人(16.7%)

熱中症       :②43人(5.7%)  ③21人(2.0%)

溺水        :②12人(1.6%)  ③8人(0.8%)

脳卒中       :②86人(11.4%)  ③158人(15.0%)

心不全/心筋梗塞:②5人(0.7%)   ③17人(1.6%)

その他      :②49人(6.5%)   ③3人(0.3%)

 

 

12誘導心電図、頭部CT画像(Table6,7)

・患者の80%から12誘導心電図と頭部CT画像の結果を入手。

・急性冠動脈疾患(心筋梗塞など)や脳卒中は少なかった。

・診断はつかずに一過性意識消失、失神等の意識障害として扱われる例が多かった。

 

バイタルサイン

・現場でのバイタルサインを見ると、半数以上の患者に意識障害が見られた(Fig.2)。

・37℃~の発熱がある人が多かった。要救助者の30%は38℃以上だった。(Fig.3)

・意識障害を起こすレベルの低血圧(~80mmHg)はほとんどいなかった。

・意識状態と体温の間に正の相関があった。(≒体温高いほど意識悪い) (r=0.25くらい)

・意識状態と収縮期血圧の間に有意な相関はなかった。(Fig5 r=0.05以下)

 

<考察>

・非致死的事象を含む入浴関連事故で最も多かった症状は、意識障害と倦怠感/疲労感。

・急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞)や脳卒中は入浴中に起こることは少ない。

・救急隊員が現場で患者の高体温を確認した。意識レベルと体温は相関あり。

・熱湯浸漬時の体温上昇がこのような事象の引き金になることが示唆された。

・浴槽から救助・生存された人も含めて入浴関連事故全体を記述した報告はおそらく今回が初めて。

・これまでの研究では、日本で入浴関連突然死が頻繁に見られることが報告されていた。

・これまでの研究では剖検例も含めて死因については明確に言及されていない。

・致死事象のみの調査だと入浴関連死を防ぐ戦略の確立が阻害される。

・要救助者の事例と心停止事例に類似した特徴は[高齢者に多い]、[冬に多い]

・急性疾患も季節差あり高齢者に多かったが、多くは浴槽以外でも近い症状が出たことがあった。

・本研究で得られた知見は「熱中症、熱疲労、熱失神を含む熱疾患が多くの浴槽関連事故の要因となり得る」

・意識レベルと体温は相関しており浴槽内での体温が入浴事故の病因に重要な役割を果たしている

・この仮説だと体温が下がると意識障害や傾眠傾向が自然に回復する可能性がある。

・実際、要救助者や急性疾患の生存者の半数以上が救急外来から入院なく帰宅している。

・入浴者は浴槽から出て体が急に冷えるので救急外来ではこの診断を裏付ける根拠はあまりない。

これらの結果から入浴関連死は意識障害に続いて溺死が起こると考えられる。

剖検による研究では突然死の大部分で水の吸い込みが認められると報告されている。

・被害者の顔が浴槽の水に浸かっていないときはほとんどが救助できた。

・救助が間に合わず顔が浴槽の湯に浸かったままの場合、心停止に陥ることが多い。

・そのため今回の結果では銭湯では突然死の発生が少なかった。(Table1)

・これは近くの人が意識障害を早期に認識し被害者を救助できたからかもしれない。

・意識障害や溺水を早期に認識すること、高体温を防ぐことは入浴関連死の重要な予防策になると考えられる。

・動物実験では熱い湯での高体温が致死的な事象を引き起こすことが明らかになっている。

・長過ぎる入浴や熱すぎる入浴は危険であるという結論に至っている。

・一般的に日本人は寒い冬により熱く・より長く入浴したいと考える人が多いと言われる。

・心停止等の入浴中の事故を防ぐにはより低い温度での入浴が必要となるかもしれない。

・我々は湯に浸かった際の体温変化に関するシミュレーション研究に基づき41℃以下・10分間入浴を推奨した。

・今回の研究では急性心血管疾患はほぼなかったが、以前は多くの研究者が心血管疾患を疑っていた。

・実は解剖所見からも心血管疾患は主要な死因ではないと予想されていたので今回の結果はそれと一致した。

 

 

・この研究の限界(研究内容として配慮すべき点A~D)

A:調査地域が限られていたこと。

→居住環境や入浴習慣は地域で異なる。例えば北海道は他地域より住環境が暖かい、沖縄の人には他地域の人と異なる入浴習慣がある。

B:救急車を利用した症例をこの研究に参加させるかどうかを救急隊員が決定したこと。

→入浴事故の定義は確立されていない。が、包括的情報収集には、この調査方法が最適だったのでは。

C:医師用監視カード(=救急隊員に登録を頼んでいたシステム)、届けられたカードのうち25%が未回収。

→病因論の観点ではこの情報の欠如は大きな限界をもたらす可能性がある。

D:湯に浸かったことによる熱病が入浴関連事故の原因であることが示唆されたが・・・。

→熱中症のほとんどは機能障害の結果からの診断であるため、この仮説を証明することは困難である。

 

<結論>

浴室での事故は頻繁に起こっており、症状としては意識障害や倦怠感が多く、器質的疾患を伴わない機能障害であることが特徴である。

これらの結果から浴槽に浸かっているときの熱病が、溺死や突然死の原因になっていることを示唆している。

 

 

 

ということで簡略化&翻訳は以上です。省いているグラフとかがありますが、すみませんが原著論文を見て下さい。

リンク再提示

(https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/advpub/0/advpub_0825-18/_article/-char/ja/)

 

 

 

ブログ主(養分)からの疑問や補足

 

・失神と意識障害と一過性意識障害の違い(あくまでイメージです。)

→失神:完全に意識がなくなってそのあと戻る

意識障害:ぼんやりしたり眠ってしまったりおかしなことを言い出したり等、正常な意識ではない状態が続くこと

一過性意識障害:意識障害が一時的に起こってそのうち戻ること

 

・沖縄の入浴習慣って?

→知りません教えて下さい(笑)

 

・診断がつかなくて「意識障害」とかいう病名になっている例が多いみたいですね。

→この論文が発表される5,6年前のデータで検証してるワケですから仕方ないんです。おそらく生存された場合は最終的に熱中症や神経調節性失神とか迷走神経反射とか起立性低血圧と診断されてる気がしますけど。

 

ちなみに夏の救急外来でもよく見かける熱中症ですが、実は少し曖昧な診断です。

 

日本救急医学会の熱中症診療ガイドライン2015では

“暑熱環境における体調不良では常に熱中症を疑う。熱中症とは「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態の総称」である。すなわち「暑熱による諸症状を呈するもの」のうちで、他の原因疾患を除外したものを熱中症と診断する。”

 

と書いてあります。要するに「他の病気じゃなくてそれっぽかったら熱中症」ということです。

 

・脱衣所や浴室が暖かいことによる入浴関連死の予防効果は?

→入浴時間を短くしたり湯の温度を下げたりすることにつながるなら効果があると思います。

 

・ヒートショックの正体は?

→従来言われていたヒートショック(急激な血圧変化に伴う脳・心臓を中心とした血管疾患)は入浴関連死とやや原因が異なるように思います。

「入浴時の死亡」という点に限るなら大部分は浴室熱中症による意識消失で溺水すること、とみなす方がこの論文からは適切かもしれません。

ただし「大部分は」、です。しかし思った以上に脳卒中や心血管疾患が少なかったですね。

 

・予防は?

→とりあえず41℃以下・10分間の入浴という方法を信じてやってみますかね?そちらのシミュレーションの文献はまだ読んでいないので見ておきます。ネットでは見えない記事でした。残念。

熱中症が原因なら入浴前の水分補給は?と言われそうですが、夏の暑い日と違って湯で直接体を温めている状況だと夏の屋外ほどは予防につながりにくい印象はあります。

ただ②,③の中に脱水症の診断の方もいたようなので、そちらの意味で水分摂取自体は良いと思います。(ここは完全なる私見です。)

 

あとは集団浴場みたいに複数人で入った方が何かあっても発見が早まって死亡リスクは下がるでしょうね。といっても乳幼児みたく家族と一緒にというのも高齢の方には抵抗あるかもしれません。

孫・曾孫と一緒に入ってくれたらちょっと安全かも?