家が建ちます、なんてカンバンでてる土地を眺めてると

住宅、家、ってのはなんでこんなにいっつも作ってんだろ

こんなに作ったら建てるとこなくなっちゃうんじゃないかしら?なんて昔思ってたな

でも大人になって知った

建つ家のぶんだけ住んでた人がいなくなって壊される家もあるんだってことを


俺の実家は東京都府中市にある(何度も言うけどハリーと同じ!だからなに!すいません!)

駅周辺はここ数年で再開発がすすんで昔の面影はほぼなくなった

残されたのはビル群の谷間に残された商店街の一角のみ


ついにこの一角も最後の再開発が決まり

昔からある店、テナントは変わっても昔からある建物、全てが取り壊されるため

年末を待たずにほぼ全店がクローズしてしまった。

昨年暮近くの話。

そんな中で年末ぎりぎりまで営業している(していた)ラーメン屋がある。


旭川ラーメン、1962(昭和37年!)に府中市内に暖簾分け、

“旭川で生まれ、府中で育った北海道の味”の看板が眩しい

そう、地元なら誰でも知ってる“とくいち”、特一番さんである
(フォリスのフードコートのではない みゆき通り隣の路地にあるやつだ)


実家に帰って街をぶらぶらしてても入ることは無かったんだけど

見るたんびに ああ、あるある、と俺にとっちゃほぼ神社仏閣的な存在、

絶対的な安堵感。


でも、閉店・仮移転と聞いて、どうだろ、ひさしぶりに扉をがらり。

カウンターに座り、スミマセン ラーメンとギョーザー


中学、高校んときも店の人とそれ以外喋ったことねぇかもな・・

ズルズル。

ヨシ!勇気を出してみよー!


“ここは仮店舗移ったあと、再開発終わったらテナントで入られるんですか?”


“ええと まだ決まってないのよ”


がーん


“20年ぶり以上・・かな ひさしぶりに食べました”


そしていわにゃ・・ああ・・万感の想いを込め渾身の感謝


“うまかった! ごちそうさま!”


カウンターから見る厨房も、水道の蛇口も、取っ手を横にガラガラと開けるこの扉も

なーんにも変わってなかったなぁ

こういうラーメン屋には美味い不味いうんぬんをこえたものがあんだ

ミソだショーユだどうのこうの、食べログなんざクソくらえだ

人それぞれもってる、メンやダシやチャーシュ-そのものの味よりも、

もっと深い、おもいで、ってやつ


おもちゃのみのるやも、マックのあった堀田商店ビルも、いつか入りたかったミルキードールも

昔は緑屋だった無印良品の建物も、質屋のマツヤも、中華の吉田屋も、ぜーんぶ消えてしまう


年とってくっと変わるものが加速して怖いんだ

変わらないものがほしんだよ

一緒にラーメン食った中学・高校のあいつらのマボロシも一緒に

吹き飛ばす再開発の波