色々なお仕事で輝いている素敵な人が
ありがたいことに私の周りにはたくさんいて
いつもたくさんの気付きや学びを分けてくれます。
私が、輝いていて素敵だなと思う人は
その人なりの、想いがあってそれを表現できている人かな。
やっぱり、
自分らしく生きている人に惹かれるわけです。
その一方で、
私自身は、私の想いは、どうなんだろう?
私はお料理が好きで、ありがたいことにそれを誉めてもらえることが多くて
それにお応えしていたら、
いつのまにか
ランチを作ったり、お料理やお菓子を教えたり するようになってきました。
でも、
一般的に こういう風にお料理などのお仕事をしている人は
・どこどこの有名な学校で調理を学び、有名な先生に師事し、有名なお店で修行しました!
・自分や家族の健康に問題があり、それを克服するために研究し、改善することができたので それをお伝えします!
・主人の仕事で海外で暮らし現地の料理を学んできました!
・健康の知識で困っている人を助けます!
そんな経歴やストーリーがないと
人から認めてもらえない
と、思っていました。
でも、私は
・大学での栄養の授業は上の空
・料理教室に就職したものの、1年半で離脱
・栄養士の資格を取り直したけれど、結局栄養士として学校や病院への勤務なし
・そもそも栄養計算とか指導が嫌い
・自分にも家族にも アトピーやアレルギーなどなく健康
・海外生活でその土地の料理に触れた なんてことなし
などなどなど
あぁ挙げればキリがない。
私が自分に足りないと思う、人に誇れそうな説得力のある理由だから、
私が料理なんか教えていいのかな?
専門的なことは教えられない。
世の中にはスゴイ人がたくさんいるから私には敵わない。
どうしてお料理を仕事にしようとしているんだ?私は。
私が料理が好きなのは
健康のためでもなく
美味しさのためでもなく
(いや、全然ないわけじゃないけど)
ものづくり が好きだから。自分を表現する方法。なのかなと漠然と思います。
だから、もしかしたら、
「料理」じゃないのかもしれない。
そんな風にも思います。
でも、数年前に出会った言葉で大切にしていることがあります。
「最上医」中国の書物に出てくる言葉で、
「下医」「中医」「上医」というものがあるそうです。
中国の医書「千金方」によると
「上医はいまだ病まざるものの病を治し、中医は病まんとするものの病を治し、下医はすでに病みたる病を治す」
そして、それに関連して
最上医というのは、
家庭で毎日の食事を担う人なんだそうです。
病気を予防する上医よりもさらに上の存在。
それが毎日の食事をつくるひと。
今、家庭で私がやっていることです。
「最上医」この言葉に出会ったとき
毎日の食事作りをしている私を褒めてもらえたような気持ちになりました。
家族の健康を支えているという自負がうまれました。
誤解のないように言うと、家族がいわゆる健康でないことが、家族の食事を担っている人の力不足だと言いたいわけではありません。
みんなその時の最善をつくしています。
私が、感じたことですが、
その家族のそれぞれの形の幸せを構成する一部として 毎日の食事は本当に大きな意味を持っていて
それを担当することができて嬉しいな。という気持ちです。
勉強はしてもしても足りないけれど、
役に立つことも今までに学ぶことができてきていて、良かったな。という気持ちです。
だから、わたしはこれからも
自分の表現のために、楽しみのために、
家族の幸せ=私の幸せのために、
おうちごはんを作り続けたいと思います。
気取らず、気楽に。
そしてそんな私のおうちごはんを
喜んでくれる人がいれば 食べてもらいたいし、
自分のアイディアが、周りの「最上医」である人たちの役に立てばいいなという思いで、料理教室などをやれたらいいなと思います。
今は、そう思います。
