うちの2番目、小学生は、今年の春から学校が嫌いで嫌いで仕方ない。

夏休み明けは予想通りのギャン泣きで登校を拒否。なんとか今朝も保健室に登校した。以前なら専業主婦だったから付き合えたけど、今は仕事もあるし付き合いきれない場合もある。

担任の先生が苦手のようで、どんどんかたくなになっていって、前までは慣れていた他の先生にもこころを閉じ気味になってきた。

そんなこともあって子育て本を読んだりして、少しでも子どもの負担を減らせるような対応ができたらと思っている。

そんな中、今朝も宿題が少し終わってないとかで朝からぐずぐずだったんだけど、そんな姿を見ていたら、ああ私は今まで立ち位置を間違えていたのかも、と思った。

子どもたちから近い距離で、一緒にものを見て、一緒に遊んでいることは良いことだろうと思うけど、近すぎてしまって対応も子どもじみていた気がする。子どもの不機嫌に対して、同じような不機嫌で対応してしまっていたのかな。もう赤ちゃんじゃないけど、大人みたいな文句も言うけど、子どもたちはまだはっきりと子どもなんだという目線が足りなかった。

もう少し外側から見ること。時々少し高い場所から俯瞰すること。そういうのが足りなかったのだと思う。

そしてこの考えが浮かんだら、夫との関係もやはり立ち位置が違うからつらいのではないかと思った。冷静に対応してるつもりでも、不機嫌に不機嫌で対応したり、怒りに怒りで対応したりしている。だから、同じようなことが繰り返されるのかも。

ふたりで同じ小さい輪の中にいることを選択している感じ。片方が外側の輪に移れば、もう片方もおそらく、この輪以外の輪があることを知る。本来ひと同士が関係の中でお互いを高め合う状態は、少しずつ外側の大きい輪に移っていくことを繰り返すような感じなんじゃないかな、という考えが浮かんで、なんだか気持ちがしんとした。