友達のブログにそういう話題があったのを見てから、うっすらとずっと考えてる。
離婚の原因は何か、というを話をするとしたら、私はなんて答えるだろう。
 
夫の浮気。
それは確かに一因だし、一度そういうことがあればもう信頼するのは難しい。でもそれだけが原因かというと違う。
 
世の中には息をするように自然に女性をハント(笑)していくひともいるけど、そういうタイプではないなら、浮気に至るまでの背景があったはずで、夫の浮気は私が引き寄せてしまったものだろうと思っているので、その点では自分の責任だと思ってる。だから良いじゃない、って言われるといやそうじゃねぇだろと思うけども。笑
 
どちらかというと浮気自体よりも、その後の夫の「確かに悪かったかもしれないけど、そうなるまでにいろいろあったんだからオレだけが悪いわけじゃない!」っていう言葉に、うわー…と思ってしまった。なんというか、これは幻想だと思うけど、私が想像する男らしさの真逆だったんだな。言ってることは別に間違ってないと思うから「そうだね」って答えたけど、なんだかなー、と。
 
そういう、理屈で自分を守れる強さが彼の強さ。
なんとかして負けない理屈をその場でつくっていく賢さ。それは長所だと思う。
私にはそういう回転の速さがなかったけど、一生懸命彼の言うことを理解しようとした。そして話を聞くときにメモをとるようにした。ところがこれが気に入らなかった。笑 その場でつくっていく理屈を丁寧に解釈されることが嫌だったのかな。
 
夫はその場で私に評価を下す。
そして私のここがダメだあれはこうしたほうが良いと指摘する。
 
私は彼の言ったことをメモして見返して、どういう気持ちで何が言いたかったのかじっくり考えてから、評価を下していたんだと思う。
 
お互いに、自分の考えが正義だと思っている。お互いに、思いやってはいなかったんじゃないかな。優しくし合える関係ではなかったな。優しさがなかったわけじゃないけど、相手が自分を大事にしてくれるなら、という条件付きだったのかも。そしてお互いにちょっとずつ相手を大事にできなくなっていった気がする。

(それはたぶん、私の中に、「私はお母さんだから子どもたち最優先だし、自分のことなんて考えてる余裕ないし、夫も自分のことは自分でお願い!」って気持ちがあったからだな。でもこの話題はまた別に機会に掘り下げてみよう。)
 
そう考えると、私は無条件にひととやさしくし合うことができていたかな、と思う。今までそういうことが上手にできないまま生きてたのかも。
 
まぁいいか。できない私でももういいと思うことにしよう。まずは自分を許すところから。いいよいいよできなくていいよー。
 
でも、もし可能なら、これから、子どもたちと優しくし合って生きていけたらいいなぁ。自分にも優しくしたい。
 
相手を評価せずにただありのままを見ること。そのままを受け入れ、理解すること。言葉だと簡単そうだけど、すごく難しい。
 
で、なんだっけ? 離婚の原因? 私も知りたい。