夫は、離婚後も養育費以外にプラスでお金を出すから、今のうちに住み続けて欲しいと言う。
子どもたちはまだ何も知らず、そして離婚にあたっては子どもたちの負担を最小限にしたいという気持ちがあるので、同じマンションに住み続けられるのは良いことだと思う。

ただ、私個人は、もう夫から距離をとりたいと思っていた。
子どもたちにたくさん会いにくるのは良いと思うけど、私はその場にはいなくていいなと思っていた。その話をすると夫はそれが不服だったらしい。離婚しても仲良く話して今と変わらず過ごせると思っていたらしい。そんなの自分にとってはふつうなのになんでできないんだ、感覚が違うんだ(また出た)、みたいな感じで怒ってた。

いやいやいや…自分が浮気して、浮気も私に責任があるような言い方して、結局離婚に至るというのに、なんであなたの希望を優先しないといけないのか。私は自分の気持ちだけで言うなら子どもたち連れて実家に帰りたいよ。でも子どもたちが引っ越し嫌がるのは知ってるし、実際自分の仕事も都内のほうが見つけやすいというのはあるから、まぁ東京にいてもいいか、くらいの気持ちですよ。何言ってるんだよ。と思う。なんでいつも自分の考えばかりが正しいと思うのか。自分の要望だけ通そうとするのか。

そして気づく。私も自分の要望は相手にとって難しくないじゃないと思っていたと。

私たち、ケンカすることがあってもお互いにがまんしながら一緒にやっていくことだってできるじゃない?そんなに難しいことじゃないでしょう?って思ってた。でも夫には難しかったらしいし、それによってムリして不機嫌になって将来離婚だばっかり言ってる夫に私も耐えられなくなった。

私たちはお互いに相手に自分の望みを叶えてほしくて、でもお互いに相手の要望は叶えたくなかったんだな。

次に良きパートナーと出会えたなら、そのひとの望んでいることをよく見よう。必要としていることをわかってあげられるようにしよう。これはきっと子どもたちにもそう接してあげたほうが良いことなんだろうな。何を必要としているの?何か満たされていないことがあるの? 感情的に叱りがちな私にとっては大事なことだな。

そして本当は、望みが叶えられるかどうかよりも、その望みをきちんと理解されることが大事だったのかな、と今フと思った。(思い出したよNVC!)いつも問題を解決しないとと思っていたけど、問題なんて解決しなくてよかったのかも。ただ、必要としていることを理解することが重要だったのかも。