結婚生活は12年。小学生の子どもが3人いて、都内で5人家族で暮らしてきましたが、離婚を決め、それにともなっていろんなことを考えたり、友人に相談したり、勉強会に参加したりして、思いことがたくさん出てきたので記録しておくことに。

まずさかのぼって、これまで起きたことを。

夫との結婚生活を振り返ると、基本ダメ出しがいっぱいだったなと思う。笑
言い合いになって初めの数年は私も同じ勢いで返していたと思うんだけど、専業主婦で視野が狭くなってきていたのか、だんだんとダメ出しされては落ち込む度合いが増えていったように思う。それでも普段夫の機嫌の良いときは一緒にゲームやらマンガやら本やらの話などして、それなりに仲良く過ごしていた。

たぶん第二子出産後くらいからだと思うんだけど、産前産後のウツやらホルモンバランスやらが手伝って、なんとなく夫に触れるのがこわくなってきたのでした。そしてどうにか触れずにいたいと思う私と、それが不満で大声で私の名前を呼ぶ夫。この不満の表し方が本当に苦手だった。

夫は私を「○○ちゃん」と呼んでくれるのだけど、「○○ちゃん!!」と不満を表す。何かをしてくれとか、赤ちゃんが泣いてるよ、ではなくて、心底不満そうな声で「○○ちゃん!!」と呼ばれる。私にもどうしたら良いかわからないことであっても、とにかくお前がなんとかしろと言われている感じ。本当に怖くてイヤだったなぁ。大きな声を出されるからびくっとするんだけど、名前呼ばれただけですぐに事態が理解できるわけはなくて、反応できないとまた大きな声で「○○ちゃん!!」。「わかんないよ、何なのか言ってよ!」と言うとさらにキレながら、私がしなくてはいけない何かを指示される。

子どものとなりだと押しつぶしてしまわないか心配でゆっくり眠れないからと、夫だけが別の部屋で寝るようになったのも、2番目が生まれた後だったかな。

その後、触れることは減りつつも、時々は歩み寄って、第三子を妊娠、出産。
それまでに夫から自分の不満についていろいろと言われることはあり、でも自分でもどうすることもできず。というか、妊娠してるか赤ちゃんがいるか両方か、という状態で過ごしてるから余裕がなかった。

3番目が1歳になるかならないかの頃、夫から「おれは離婚だって考えてるんだ!」と言われる。当時、5歳と3歳と1歳の子どもがいる状態で、私が育児に追われてすごくつらい時期なのに、このひとは自分のことしか考えていないんだなと思ったのを覚えてる。それでも勢いで言っただけでこのひとは私のことが好きなんだろうと思っていた。好きだからこんなに怒っているんだろうと。

もともと夫は私にも仕事を続けて欲しかったのに、私は妊娠と子育て、次いでまた妊娠して子育て、と、フリーランスでやっていた仕事を休んだままになり、保育園に預けるという選択をしなかった。今思えば、その結果夫は生活費を稼がなくてはというプレッシャーの中にいて、仕事をがんばる分、家では休みたくて、子どもたちと過ごす時間が減っていたのだと思う。

たまに夫の不満が噴き出していろいろと言われ、私はそのたびに、こわくて頭がしびれたみたいになって何も考えられなかった。夫が言うことをちゃんと理解したいのに、考えられなくて、目の前のことが早く終わってほしくて、夫の望みとは違うコメントをしてまた怒られて、つらかった。

その頃からはもうセックスレスで、でもそのままじゃいけないという持ちはあったから、時々ものすごく勇気を出して夫の部屋に行く。その後たぶん、3番目が4歳くらいのときに夫から、できればもうそういう行為はしたくないと丁寧に言われた。もうがんばらなくていいんだ…と思った。これからはもうムリしなくていいと思ったら気持ちが少し楽になった。

夫は以前よりはおだやかになっていたと思うけど、それでも私への不満はたくさんあった。
前ほどではなくても小さなことでダメ出しされることは日常的にあったし、私が子どもたちを叱る叱り方も気に入らないらしい。私だって夫の叱り方がいやだけど、子どもの前でそれを言ったら子どもが何を信じるかわからなくなると思っていたので言わなかった。ただ、私へのダメ出しをできれば子どもの前でやるのはやめてほしいと頼んだ。多少は気をつけてくれたんだろうけど、それでも子どもたちの前で怒られることはしばしば。

たまに夫から不満を言われるときには、私は自分の頭が働かなくなることがわかっていたから、言われていることをすべてメモするようにした。夫から離婚というキーワードが出てくることも増えた。離婚したいけど、子どもたちが小さいから今はしない、でも将来的には離婚する、と。
後日メモを読み返して、できるだけ夫の不満が増えないようにしようと努力した。それでも夫の不満は私の日常や習慣につながることが多かったので、自分の日常や習慣を変えるのはなかなか難しく、夫からしたら何も改善されていないとまた不満だったのだと思う。

「自分たちの関係がうまくいっていない以上、他に好きな相手ができたりする可能性だってあるんだからな」という話をされた。「確かにそういう可能性はあるね」と答えた。

夫婦の関係が改善されることは特になかったけど、もともと普段の生活でそんなに仲が悪いわけではなかった。子どもの前でケンカばかりしているわけではなかったし、お互いの趣味のことを話したり仕事のぐちを聞いたり、笑いあって話すことも多かった。果たしてこんなかたちの夫婦で良いんだろうかという気持ちはあったけど、人間同士が一緒にいるなら、お互いに何かがまんすることはあるんだろうと思っていた。文句をたくさん言われるけど、笑って過ごせる時間もあり、家族の時間もつくってくれてつきあってくれる夫と、なんだかんだ言いながらも死ぬまで暮らしていくんだろうと勝手に思っていた。

3番目が6歳になる少し前に、夫から浮気を告白された。告白というよりも報告だった。
想いをよせる女性ができていた、と。肉体関係はもっていないけど、それに近いことはしたと。それをなぜ私に言うことになったかというと、その関係が仕事と関わる事態になったため、夫婦としては壊れていても生活を一緒にしている以上、家計に関わることは話しておく必要があるから話すのだという説明だった。

浮気だけはしないと思っていたから、ショックだった。でも夫からするとそれは浮気ではなく、私と夫の関係がうまくいっていない以上、そういう可能性があるという話はしていたから自分は間違っていないという答えだった。夫は浮気してもいいと思っていたらしい。セックスだけしなければ法的にも問題ないからいいと。

浮気があれば私はもう信じることはないから即離婚しようと提案すると、夫は泣いていた。私もたくさん泣いた。たくさん話をしたけど、夫は、自分も悪いけど、その前にふたりの関係が悪かったのだから自分だけが悪いんじゃない、夫も私もふたりとも同じように悪いんだと私を責めた。浮気されてこんなに責められなくてはいけないのが納得できなかったけど、確かに私が引き寄せてしまった結果のような気もしていた。

この頃、夫にはやり直したい意思があったと思う。私も落ち着いて考えたら、離婚してその後のことをどうすることもできなかったし、子どもたちのこともあったから、話し合ってがんばってやり直そうということになった。
離婚せずにがんばろうと話した。

が、その少し後に夫から、やっぱりこの生活には不満があると言われた。今は子どもたちのことがあるから一緒にいるけど、やっぱり将来的には離婚したいと言われた。ことあるごとに、将来的には離婚するんだいう話をされた。浮気のことがあってから月に一度くらい私は夫に確認をした。今どういう気持ちでいる?これからも一緒にやっていきたいと思う? 夫はいつも、今はこのままでいいけど将来的には離婚したいという返答だった。その気持ちは変わらなかった。それでも、(浮気の時期とかぶっているのに関わらず)夫は私にクリスマスプレゼントとしてネックレスを用意してくれたりして、きっと心の中に私のことを好きな気持ちは持ってくれているんだろうと思っていた。

ある時、夫から不満を言われて、また将来的には離婚だという話をされたときに、いろんなことがあっても、こころの中では私を好きでいてくれるんじゃない?だから一緒にいるんじゃない?と聞いてみた。
完全否定された。笑 そんなわけない。そんなことない。それは思い込みだ、と。


浮気の話があったあたりから、私は私で離婚を考えないといけないかもしれないという気持ちはあり(夫がいやになったというよりも、今後はずっと信頼ができないと思ったから)、カウンセリングなどもしている友人に相談していた。いろいろとアドバイスしてもらって救われたところがあり、その友人のすすめで「アイアイファースト」という講座を受講することになった。その講座は現在3回目が終わったところなんだけど、2回目あたりで自分の中から出てきたのが「自分で自分をしあわせにする」という考えだった。

自分の現在をかえりみてみると、私はしあわせじゃないなと思った。女性らしさを取り戻したいなと思った。夫から女性として扱われることがあったら、あるいは浮気のこともまた違った見方ができたのかもしれないけど、夫にとって私はもう女性ではなかった。思い返せば、先に夫を男性として見なくなったのは私だった。浮気問題があってから、男女としても考え直そう、歩み寄れるなら歩み寄ろうと思ったけど無理だった。夫がどの女性に対しても興味がないなら別によかったのかもしれないけど、他の女性のことは女性としてみることができるとわかってしまって、裏切られたという思いもあったが、それは私が勝手になんとかなると思っていたからで、夫の中ではもうずいぶん前に、私とのことは終わっていたのかもしれない。この関係がどうにもならないのは今に始まったことではなく、もう何年も停滞していたんだという考えに至った。私は私なりに夫を大事にしてきたつもりだけど、それは自分が大事にされたいからやっていただけで、本当に夫のためにしていたわけではなかったのかも。

自分のしあわせのために努力すると決めた。
そうしたら、今のこの停滞した状態のままでいてはどこにも行けないと思った。ことあるごとに、「将来的には離婚する」「感覚が合わない」と言われ続け、努力をしても新しいものは見つからず、そもそも私はなんのために努力をしているのかもわからない。いろんなことをがんばってみても夫が満足する基準にはならず、努力がむくわれる可能性はあるのか聞いても、ないと言われて終わり。

夫からはよく「感覚がちがうんだよ!」と言われた。その話をするとき夫はいつもイラだっていた。同じ感覚で同意してくれるひとが必要なのに、それが満たされずに不満だったんだろう。感覚が違う。ものの考え方が違う。私は保守的で変化をいやがり、夫は新しいことを取り入れて変化していくことを望んだ。夫が何かを変化させていこうとするときに、私はついネガティブな反応をする。それは夫にとっては自分に反発されている、自分に同意してくれないと感じる。自分に自信があるひとだから、その考えに同意されないことが不満だったんだろう。

私は、離婚することで起きる生活の変化を怖がっているだけで、自分のためにも夫のためにもならない状態を引き延ばしているという考えが浮かんだ。だから夫に、「将来的に離婚するという意思はずっと変わらないみたいだし、私はそう言われ続けて暮らすことはもうしたくないから、子どもとかお金とかいろんな理由をつけていないで、ふたりのために今すぐに離婚を考えない?」と提案した。夫もそれに納得した。
そして私たちは離婚することに決めた。