はい、しばらくお待ち下さいませ。



渡辺はひと呼吸したあとで声を発した。



「代理・・・ お電話です」



「たぶん、国際電話だと思いますが鈴木様と言う方です」



えっ、誰だろう?



僕は少し考えた。 あっ



鈴木様って都内の投資用マンションの決済待ちの方?かな



一瞬、頭の中をいろいろなものがよぎる。



「はい、営業一課の金井です!」



とりあえず夜遅いけど元気よく電話に出た。



「あのう、今月契約した千葉の鈴木です。」



「あれっ、こんばんは! お久しぶりです・・・どうなさいました?」



「こんばんは・・・私今中国の吉林に出張に来てまして・・」



えっ、わざわざ出張先から、しかも国際電話でこんな時間になんだろう。



「今月ローンの開始だと思うのですが、家内から実印が無いと電話がありまして・・・」



うわっ、とてもいやな予感が、



「はい、マンションのローン契約書に捺印する実印のことですか?」



「はい、実は中国まで実印を持ってきてまして・・なにかに使うかもと思いまして。」



「えっ、   お手元にあるのですか・・・」



目の前が真っ暗闇になった。



ローンを実行するには金銭消費貸借契約書及び登記関係、委任状の



全てに契約者の実印を押すことが必須だからである。



鈴木様は困った声で言葉を発した



「今月いっぱいこちらに居るんですよ、治水事業でダムの監理で来ていまして



遅れ遅れになっているんですよ」



実印が無いと今月のローンの決済が出来ない。



それはすなわち2,000万円の売上が減ること・・・



僕は一瞬だが混乱した。