翌日、予約した病院の診察に行ってきました。

(最初に入院していた病院をA病院、今回診察してもらった病院をB病院と記載したいと思います。)

この病院はお医者さんは女医さん1名だけのようでした。

順番が来て診察室に呼ばれました。

 

女医さん 「本日はどうされましたか?」

私 「免疫力を上げる漢方の記事を見てきました。先日後期流産をして、病理検査の結果絨毛膜羊膜炎と言われたので、次回は感染症にかからないように免疫をあげたいと思って相談に来ました。」

女医さん 「漢方は出しておきましょうね。 絨毛膜羊膜炎の菌の検査はしましたか?」

私 「入院中におりものの検査はしましたが、特別な菌はいないといわれました。」

女医さん 「子宮内の検査は?」

私 「子宮内も検査するんですか? 多分やっていないと思います。」

女医さん 「子宮内に菌が残ってた場合、そのまま放置すると菌が繁殖して繰り返す可能性があります。今回検査してみましょうね。一度内診してみましょう。」

 

(内診後)

 

女医さん 「A病院ではもう診察はいらないといわれたんですよね?」

私 「はい。内膜もきれいに取れてるので、生理がきたらもう妊活してよいといわれました。」

女医さん 「そう・・・。内膜残ってますよ。とってしまったほうがいいので取りますね」

 

そういわれて麻酔なしで内膜を取られたのですが、もうとーっても痛かったです。

出産の次に痛い経験でした。

女医さんいわく、絨毛膜羊膜炎は薬で感染の管理がきちんとできれば次は大体ちゃんと生まれるといわれました。

そんな話はA病院ではいわれなかったと言ったら、「A病院ではやってないかもしれないね」とのことでした。

女医さんはとある有名大学病院の産婦人科の非常勤でもあり、開業するまでは周産期センターで私のようなトラブルを抱えた妊婦の疾患を管理しながら無事に産ませることを専門にしていたそうです。

最初から大きな病院にかかっていれば、息子のことも助けられたのでしょうか・・・。

この日は、ほかにも女医さんにお任せでいろいろ検査をしてもらい、2週間後に再診となりました。

 

 

退院から2週間後、診察がありました。

通常は1週間後とのことでしたが、私は胎盤を病理検査に出していた関係で2週間後となりました。

診察は担当の女医さんでした。

病理検査の結果は、

・絨毛膜羊膜炎(Blanc stage Ⅱ)

・臍帯付着部の偏在

・胎盤早期剥離

と書かれていました。

絨毛膜羊膜炎のステージⅡというのは、絨毛膜までの炎症で、羊膜までは炎症は及んでいない状態だそうです。

女医さんの見解としては、「今回は本当にたまたま起こってしまったことであり、対策のしようがない。次の妊娠も繰り返すものではない」とのことでした。

内診をしてもらい、内膜はすべて剥がれていることを確認してもらい、次生理が来たら妊活OKと言われて診察は終了しました。

 

本当に次の妊娠についてできることはないのかが気になって、病理の検査結果をFirst callで他の医師に診てもらいました。

その医師の見解としては、

・破水の原因は絨毛膜羊膜炎と想定される

・早期剥離は前置胎盤の結果起こったことであるため、繰り返すものではない

・絨毛膜羊膜炎の原因となる細菌性膣症は次回妊娠時には定期的に検査をしたほうがよい

とのことでした。

今回の入院中に、おりものの検査をしたけれど細菌性膣症になっているかどうかについては何も言われませんでした。

細菌性膣症は、膣内の常在菌のバランスが崩れて雑菌が増えた状態になり、悪臭や灰色のおりものが出るとネットで書かれていました。

存在は知っていましたが、そのような症状はなかったのであまり気にしていませんでした。

ストレスがあるときや疲れているときになりやすいとの記載があり、考えてみればここ一年くらいものもらいになったり、毛嚢炎を繰り返したり、ずっと抗生物質を飲んでいたことを思い出しました。

免疫力が下がっているのかなぁと思い、ネットサーフィンをしていたところ、免疫力アップのために漢方を処方してくれる都内の婦人科の記事が目にとまりました。

藁にもすがる思いで、翌日の予約を入れました。

 

退院から二日後、東京都の町屋にある火葬場で火葬を行いました。

この会場は子供用の焼却炉があるとのことで、こちらにしました。

大人用の炉で焼いてしまうと骨が残りにくいそうです。

2日ぶりに息子と対面しました。

棺桶にお花を飾り、中に手紙と家族の写真を入れ、また私たちの元に戻ってきてくれるように声を掛けました。

火葬には義両親も来てくれ、息子を見て「夫に似ている」と泣きながら言っていました。

義両親に息子を見せてあげたかったなぁと思いました。

 

1時間ちょっとで火葬が終わり、小さな骨が残りました。

全員で骨を拾って、小さな骨壺を抱いて帰りました。

納骨をどうするか悩みましたが、私たち夫婦のお墓も決まっているわけではないので、家に置いておくことにしました。