私の仕事は、『個性』を大切にすること。
人と違うこと、本当の自分を見失いかけていること、『本当の私はこうじゃない!』と心のどこかで知っていながらも、社会に適応するために被った仮面。
そのギャップに苦しんで、自分を押し殺し、それでも一生懸命この社会で生きている人たちの個性や自分らしさを受け入れ、認め、開放し、『ありのままの自分』で生きていけるだけの力を付けるサポートをしている。
おかしなもので、人はもともと全員が違い、その違いこそが価値で尊ばれるはずなのに、日本という国では特に煙たがられてしまう。
人と違うこと、それは良くないこと、、、
『会社で働くために適した人材』を作るために、私たちは幼少期から自分らしさを押さえつけられ、潜在的に『社会に馴染む人間になること』を求められてきた。
もしかしたら、それができる人たちもいるのかもしれない。
でも、そんなことを求められてしまうこの国で、この社会で、もがき、苦しんでいる人がいることを知っている。
なぜなら私自身が、人との違いや個性を発揮できないこと、してはいけない社会と自分らしくありたいという欲求の葛藤に苦しんできてからだ。
私のキャリアはサラリーマンとして始まった。
全てがそうと言い切れないかもしれないが、私が就職した会社では、画一的で平均的、そして『無難であること』が求められた。
もちろんそんなことを面と向かって言われたわけではない。でも、私はそう感じざる得ない部分があったことが、私にとっての事実だった。
朝、スーツに身を包む。髪を整え、鏡を見る。
鏡に映った自分を見ながら『気持ち悪い』と思う自分がいた。そこに映っているのは『サラリーマン』。自分じゃないと毎日感じた。
馴染もうと努力もしたが、オフィスにも馴染めなかった。いや、馴染みたくなかったのかもしれないが、成績は良かったが、どこにも自分の居場所がないように感じていた。
分かっていたこと、それは『ここは自分の居場所ではない』ということ。
胸の中にあるのは、自分らしく生きたいのに、自分らしく生きられない自分の弱さへの反吐が出そうなほどどす黒い感情。
誰かのせいや社会のせいにしてお茶を濁しても、抗えない自由への渇望、、、
何年くらい、その窮屈な世界で生きただろう、、、
そんなある日、脳腫瘍が見つかった。
自分の人生を本当に考えなければならない状況が、突然降って湧いた。
子供の頃の自分が走馬灯のように目の前を駆け巡り、自分に警鐘を鳴らしているように感じた。
『今だ!今なんだ!自分を解き放つ時だ!ありのままで生きると、決める時なんだ!今がその時なんだ!』
自分らしく、本来の自分で生きることを、決めた。
引っ越した。喧騒渦巻く池袋から海の近くへ。
自然のある光景が、ささくれだった自分の全身に染みた。
『人間以外のものは、全て違って、全て全力で生を謳歌して、全てが全ての役に立ち、使命を終えて朽ち果てていくんだなぁ、、、』
そう思った。
もう、自分を抑えておくことはできなかった。
『私は、人の個性を開放し、爆発させ、自分らしく全力で生きられる人を生み出す礎になる!』
私が私らしく生きようと、自分の持って生まれた性分を受け入れ、この自分で生きていこうと決めた瞬間だった。
『これだ!』
心が震える、自分にしかできない、持って生まれた自分自身と、自分のこれまでの全ての経験を活かし、生きていく術、仕事。
それは自分と同じく自分自身を抑え、殺し、社会に馴染む努力をし、それでも辛く苦しい葛藤から逃れられない人たちの個性を受け入れ、開放し、そんな自分で生きていける力を付けるサポートをすること。
自分がずっと欲しかった、『魂のパートナー』。
『人をサポートする技術』について、無心で学びまくった。自分と同じ苦しみの渦中にある人を救うことで、自分を救うこともできるような気がした。
私はある意味、布教にも似た活動を始めた。
私は脳腫瘍を患った。脳腫瘍が良かったとは言わないが、少なくともそのおかげで『自分の人生を生きる』という決断ができた。
私は、個性や違い、特異性こそが価値であり、人や何かと自分の違いこそが、自分らしい人生を歩むための指針なのだと思っている。
誰もが自分の個性を受け入れ、自分らしく生きることに自分で自分に許可を出し、そして社会的も価値を生み出せる特別な存在になること。
あなたのあなたらしさを価値にして、人や社会に自分の存在価値を証明する。
ただ、『自分らしく生きる』という大義名分のもと、わがままし放題では、孤立し、『近所の変わり者の年寄』になってしまう。
そうじゃない!俺たちは、この社会に特別な価値を生み出す、特別な存在なんだ!!
本当は一人一人が特別だ。
私は全ての人が自分らしく、自分を存分に開放して、全力で生きる。それだけで勝手に社会貢献になり、何かの役に立つ。そんな完璧な共生世界を創れると本気で信じている。
それが私の役割で、そのために生まれた。
そう信じている。
私は素晴らしい、そしてこれを読んでいるあなたも素晴らしい。
こんなことが当たり前になる世の中がくるまで、多分私は死ねないのだと思う。