同じ内膜症の友達が結婚6年目で、赤ちゃんを授かった時、
独身やった私に向かって、彼女が言ったん。
「理由がわからないまま不妊に苦しんでる人はゴマンといる。
でも、私達は、内膜症っていう理由を、最初からわかってるだけ・・・
それだけ、幸せや。」
って。
今となって・・・不妊治療を始めた、今となって。
そのコトバを思い出して思うのは
「結局は、赤ちゃんを授かった人が言える言葉」
じゃないかと、友達の言葉やのに思ってしまう。
理由が何であれ、
「赤ちゃんが欲しい」
「赤ちゃんができない」
苦しみに、「幸せ」もクソもあるもんか。と思ってしまう。
内膜症とか、いろいろな原因があって不妊やってわかってる人は
それだけの「課題」を持って、不妊治療に挑んでいるわけで、
その課題が、どれだけ深刻か・・・・結構苦しいものやんか。
理由が無いひとは、
「なんでできねぇんだ!」
と思う気持ちもあるやろうけど
目の前の闘う敵が見えない苦しみもあり、いつできてもおかしくないって反面もある。
でも、その両方の苦しみに、はかるモノサシなんて無いやん。
どっちがマシで、どっちが最悪とか、無いやんか。
アメブロで不妊治療の日記を書き初めて
最初は不妊治療にどっぷりつかるのが怖くて
迷ってた。
でも、書き初めて・・・
不妊治療してる人のブログを読ませてもらって、
すごく勉強になるし
人の気持ちを
誰にも言えんくて、ココで吐き出してる皆の気持ちを読む事ができて
よかったって思ってる。
今、1人で不妊治療に向かっていたら
何か、ココロが折れそうやもん。
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