Coffee break 5:Banana Bread

<Side Ryo・1>

連絡をくれたのは、海坊主だった

オマエの相棒は、美樹が気分転換にと、
連れ出している、と

海坊主は、既にオレの決心を知っている

後で迎えに行く、と言い、オレは教授が紹介
してくれた人と、こっそり落ち合った

教授の息子2人だ

あと1人、いるそうだが、今日は別の仕事で
と言っていた

香の書類は、総て普通に手に入った
問題は、オレ

冴羽リョウとしての戸籍は存在しない
この国へも、船で不法に入国しているしな

ただ、この先の事として、このままと言う
訳には行かなかった

揃えてもらったオレの書類

香が作ってくれた誕生日で、オレの戸籍は
かなり強引な方法で作成された
もちろん、パスポートも、免許証も
その戸籍を元に、正規ルートで発行された

「アパートの改装工事は、期日通りで終了
する予定です」

爆破される前から、香を連れ出す間に改装
するつもりで依頼していたのだ

「こちらが鍵になります
洋服とか、必要なものは一通り用意してあり
ますし、今日来られなかった兄が、近くの
部屋におりますので」

何かあれば、お申し付け下さい、と言う
御礼を伝え、鍵を受け取り、清算を済ませる

「1週間の滞在分については、清算不要です
父からも、そう申しつかっておりますから
こちらの書類、用意出来ましたら、私の方で
提出させていただきます」

「父からの、ご祝儀と言うことで
母も、いずれ香様に逢えることを楽しみに
していると申しておりました」

敵わねーな、全く

宜しく伝えておいて、と言い、オレは店を後
にした

教授の屋敷に香を迎えに行くため、着替えを
済ませ、美樹ちゃんに、これから香を迎えに
行くから、と伝えた

迎えに行くと、香の着替えはかずえちゃんと
2人でしておいたから、と、痛み止めの影響
でグッスリ寝ている香と対面した

ったく、このタイミングで傷なんか作りや
がって、このじゃじゃ馬が

悪いね、礼ならまた今度、と言い、オレは
毛布で香を包んで、借りた車の助手席に香
を寝かせ、シートベルトを締めた

MINIは、後から美樹ちゃんが自宅に運んで
おいてくれる予定

美樹ちゃんとかずえちゃんは、お幸せに、
と笑った

車のトランクは、着替えついでに、絵里子
さんから預かって来た箱がいくつも載せて
あるんだ

走り出してしばらくして、香が目を覚ました

少しだけ話をして、目的地までまだ時間が
あるから、眠るようにと誘導して、また香は
ゆっくりと意識を手放して行く

普段とは違う甘やかな香りがした

そういや美樹ちゃん、香を磨いたとか何とか
言ってたな
さっき渡された紙袋からも同じ香りがした

オレのポケットの中には、メビウスの輪の
ように捻れたシンプルな銀色のリングが2つ
出番を待ち構えている

香には、もう一つ、用意してある

三連の、銀色のピンキーリング

細い3つのリングは、バラして付けてもOK

ダイヤのエターナルリングタイプ
繊細な花や葉の彫りが一周しているリング
シンプルなアームに、淡い水色の石がひとつ
置かれたリング

ピアスを開けようかな、と言う香に、止めて
おけ、と言ったオレ
攫われたり、争う時に、ケガをしやすいんだ

ネックレスやブレスレットも、外れやすい

1番、適当だったのが、指輪だった

鍵に括っておけるような留め具も、特注で
お揃いで作ってもらった

教授の知り合いのジイさんが、宝石加工も
得意だと言うので、極秘で用意してもらった
ものなんだ

完全オリジナルだから、製作に時間がかかっ
てしまった

お揃いのリングの裏側には、お互いの名前と
水色の淡い石をひとつずつ埋めた

アクアマリンの王女
サンタマリアアフリカーナ

暗闇の中でも、光り輝く輝石で、迷いさまよ
える人々を、その輝きで、行き先を照らして
導いてくれる、女神の石だ

まさしく、オレにとっての香だ

ジャングルに放り出され
オヤジに拾われ、育まれ、愛され、裏切られ

最後は、人から兵器にさせられた

愛し愛される事が本当はどんな事かも知らず
ベッドで行う行為だけは早々に一人前になり

気が付けば、オトナと言うやつになっていた

転がる石のように、闘いから闘いの場を回る
ようになり、勝てば勝つほどにオレは荒れた

パートナーとも、長くは続かなかった
持って2年
それ以上は、続かない

不思議と、女が途切れる事は無かった

でも、それさえも、後腐れ無く出来ればOK
彼女や恋人と言うポジションを欲しがったら
アウトと言った状態で

いつ、自分が死んでもいいと思ってたんだ

だから、持ち物は、自分の身体と愛銃と、
それで、それだけで良かった

むしろ、それ以上は煩わしいから要らない
本気で、そう思っていたんだ

自慢も出来ない、ロクでなしの人生

そんなオレに、香の手を取る資格など無い

ずっと、そう思っていた
今でも、心のどこかで、そう思っている

「ベビーフェイスよ、オマエさんはまだまだ
お子様だなぁ」

あの日、教授はそう言った

美樹ちゃんが、撃たれたあの日
香も一応、入院させた

オレは、教授に誘われて、プライベート空間
で差しで飲んでいた

とても、正気ではいられなかったのだ

「人生の総ての出会いに、意味があるんじゃ
オマエさんとあの娘には、深くて切れない
縁がある」

こういう出会いは、長い人生の中でほんの
少ししか無い

「でも、香には、普通の幸せを•••」

そう言ったオレに、教授は笑って言った

普通の幸せって、何じゃ?と

あの娘の幸せは、あの娘自身が決めること
オマエさんが決めることじゃない

幸せかどうか、感じるのは、あの娘自身だ
違うか?ベビーフェイス

「真っ直ぐで、凛としていて、澄んだ瞳を
してるなぁ、香くんは」

瞳は、その人の素を映す鏡
どんな人でも、瞳は嘘を吐けないんじゃ

「あの娘なら、オマエさんを、さらに強く
してくれるだろう」

一緒に、なりなさい、リョウ、と言った
そして、新しい未来を描いて見ろ、と

「オマエさんを産んでくれた両親に、感謝
しなさい」

丈夫な身体と、強いハートを授けてくれた
そのことを、感謝しろ、と言う

顔も声も覚えていない、その姿

「夫婦とは、家族とは何か、親子とは何か
香くんと一緒に、ひとつずつ、手探りで、
その応えを見つけなさい」

君達ならできる
周囲に、良い仲間も増えたじゃないか
総ては、香くんがオマエさんに見せてくれた
新しい未来じゃないか

恐れることは無い
人生は一度きり
迷わず、違えず、その手を取り走れ、リョウ

その為の準備をしなさい
ワシの息子達と、妻が、サポートするから

教授の言葉は本当だった

すぐに、息子を紹介され、あれこれと道筋
を示し、後は、いつでも協力するから、と
ぐずぐずするオレの尻を叩きながら、辛抱
強く見守ってくれたのだ

車を走らせながら、すっかり自分の思考に
はまり込んでいたオレ

香が本格的に、深く眠りに就いたのを感じる

目的地まで、思ったより混雑する事も無く
スムーズに到着した

長距離のため、いつものMINIでは無く、荷物
も運べるような大きめのクルマにしたのは、
正解だったよう
安定した走りに、香もグッスリと眠りこんで
いたから

ホテルに到着すると、すぐに迎えが来て、
荷物を運びこんでくれた
なるほど、彼が教授の長男と言う訳か

「車は私が、香様を奥のエレベーターでお
連れいただければ」

礼を言って、オレは香を部屋へと運び込む

神戸の街に香を連れて来た
外資系ホテルのロイヤルスイートだ

新宿のオレらのアパートは、1週間後には、
新たな装いで完成する

それまでの間、オレはここで香にちゃんと
気持ちを伝え、3つの大仕事をしなければ
ならないのだ

荷物はすでに解かれて、ちゃんと洋服や靴は
クローゼットに収まった
今夜は、近くにあるレストランで、食事を
する予定

オレは、一足早く用意を整え、香の服や靴を
絵里子さんに言われた通り、支度してから、
香を起こした

「え?ここ、どこ?」

「神戸」

ええ!いつの間に!と瞳をまんまるくして
驚く香に、出かけるから、着替えをしろと
バスルームに押し込んだ

キレイめのブラックデニムに、黒の上着に
織とデザインが変わった白いシャツ
オレの服も、今回は総て絵里子さんが用意
してくれた

そう、エリ・キタハラが寝不足だった理由は
オレの今回の計画に、協力してくれたから

香の服を頼みに行ったら、全部自分がやる
と言い出したのだ

靴まで総て、アシスタントと2人で用意した
んだと笑っていた

「大好きな香が幸せになるためだから」

にっこり笑った絵里子さん、間も無く嫁ぐ事
になったらしい
香がこの旅行から帰って来たら、発表すると
笑っていた

幸せそうな笑顔に背中を押されて来た
香も、あんな風に、笑ってくれるだろうか

「お待たせ、リョウ」

濃紺のシンプルなジャケット
柔らかなピンクベージュの豊かな光沢感が
印象的な、ドレープの効いたシルクシャツ
濃紺のフレアースカートは、裾がアシンメ
トリーになっていて、甘過ぎ無い、絶妙な
雰囲気を醸し出している

濃紺のヒールは、キラキラする飾りもあり
香の白い脚に映えていた

香のケガした部分を考慮して、最後に差し
替えたと言っていた通り、ちゃんとその部分
は見せないようになっていた

「さ、行こうぜ?腹減った」

「うん、そうだね
私、神戸なんて初めて来たかも」

楽しみだな~、と笑って、オレの傍に来た
香の手を腕に絡ませて、オレは部屋を出る

素直に嬉しそうな顔をした香に、思わず頬
が緩むのを感じた

紹介されて予約したイタリアンレストラン

気取らず、美味しい料理がたっぷり出て来て
店員も、シェフも気さくで、香もすっかり
リラックスして楽しそうにしている

「ワインも料理も美味しいね、リョウ」

無邪気に笑う顔が嬉しくて、自然とオレも
ピッチがあがる

「楽しい旅になるといいね」

これ、良かったら2人で食べて、と
白い袋にもらったのは、バナナマフィン

香もオレも、飲んで食べて、で、デザート
までたどり着けなかったのだ

オレ達と話して、楽しい時間を過ごせたから
と言って、シェフが持たせてくれたのだ
香とお礼を言って、店を出た

「お腹いっぱい!ご馳走さま、リョウ」

少し夜風にあたってから帰ろうぜ、と誘い
腕を組んでふらり、と歩く

他愛の無い話をして、笑いながら歩いた

部屋に帰り、窓の外を見てはしゃぐ香を背中
から抱き締める

「無事で良かった」

香の首筋に顔を埋めて、ほっと息を吐く

リョウ?という香の声に顔を上げ、柔らかな
頬に唇を滑らせた

くるん、と香がオレの方を向くとにこっと
笑った

え?と思ったオレに、香の優しい掌が伸びて
来て、ふわり、と唇が重なる

「リョウも、無事で良かった」

そう言うと、柔らかな腕がするりと身体に
回された

柔らかくて、ほのかに甘い香り
届きそうで、触れるのを躊躇われた温もり
眩暈がしそうな程、優しい気持ちに包まれる

「香、お願いがあるんだけど」

「私に?」

「うん」

何?お金は貸せないよ、無いから、とくすっ
と笑う香は、オレの胸元に頭を預けたまま
くっついている

「一緒に居て、オレと」

「え?一緒に居るじゃん」

ひょい、と顔が上を向く

きょとん、としてる顔を見て、あ~、これが
オレ達の関係が進まなかった原因のひとつ
だよ、と思い、思わず苦笑した

[newpage]

<Side Ryo・2>

香の腕は、オレの腰に回されたまま
こんなにくっついていると言うのに

「どうしたの?リョウ」

心配そうな顔をする香
大きな茶色い瞳が揺れている

「一緒に居て、香」

他には何も要らないから、と言って、香の
唇を塞いだ

軽く、浅く、向きを変え、角度を変えて丁寧
に重ねて行く唇に、総ての気持ちを乗せた

「一緒に居てね、リョウ」

唇を僅かに離した時、射るような瞳で香が
そう囁いた

ふっと心の中の何かが外れた

噛み付くように、手加減無しで、本気の
キスをした
柔らかな感触に、我を忘れて夢中になる

「あ、やべ、忘れるところだった」

「へ?」

香に煽られて、忘れるところだった
ポケットから取り出したものを、香の細い
指に滑り込ませた

自分の左手を、呆然と見ている香
完全に固まっている

薬指に光るシンプルなリング
小指に重なる煌めき

「オレの一緒に、ってーのは、こーゆー
意味合い」

まだ、現実が受け止められない、と言う
顔をした香

まんまるに見開いた瞳は、キレイな澄んだ
チョコレート色で
ほんのりと染まり始めた頬は、滑らかだ

「かーおーりーちゃん?」

呆然としている香の頬を軽く抓ると、突然
スイッチが入ったかのように、瞳から涙が
ぼろぼろと溢れ落ちた

リョウ、と言って、わんわん泣き出した香

あ~あ、全く、色気も何にもねぇ泣き方し
やがって、と思う一方、飾らず泣き噦る姿
に、自分にだけしか見せない顔を見つけて、
ひとりほっとしたオレがいた

小さな頃から、強がりが得意だった女の子

男手で育てられたためか、兄貴達を心配さ
せないように、身に付けた技なのか、ひと
に弱い自分を見せるのをひどく嫌う

傷付いても、平気なフリ
寂しくても、平気なフリ
ケガしても、平気なフリ

大丈夫じゃないのに、大丈夫だと嘘を吐く

そして、ひとりになって、始めて泣くのだ
こんな風に、感情を暴走させて

その事を知ったのは、一緒に住み始めてから
半年以上たったある日のこと

いつものように、オレがオンナを追いかけて
香に八つ当たりして飛び出した日の夜だった

自分の部屋に、固定のオンナが居る生活など
まともに送った事も無いオレは、正直言って
親友からのとてつも無い貴重な預かりモノを
前にして、戸惑い、困っていた

だって、とんでも無く可愛いかったのだ

おまけに、アパートも住みやすく快適にして
くれちゃって、食事も美味しいし、洗濯物
からは、優しいお日様の香りまでしちゃう
んだぜ?

ダークサイドの道ばかり歩んで来たオレには
とんでも無く、眩し過ぎるのだ

家族なんて、家庭なんて、知らないオレでも
これが幸せな家庭なのかな、とか思ってし
まうくらいに、香と生活するようになって
オレは、自分の変わりように、戸惑ってた

居心地が悪い、居心地の良さって言うのか
も知れない

あんまり眩し過ぎて、オレは逃げるように
夜の街を彷徨った

その日も、そのつもりだったんだけど

「可愛いい子猫ちゃんがね、ごめんなさい
今月はこれだけしか払えませんって、お金
払いに来てくれたのよ?」

もう、健気で可愛くって
あんな可愛いい娘、ひとりにしてたらダメ
今日は、これ飲んだら帰りなさい

ねこまんまのママにも、他の店にもそう
言われて、オレは不貞腐れて、普段よりも
ずっと早く家に帰ったのだ

え、と思った

どこからか、激しい泣き声が響き渡るのだ

そっと耳を澄ませていると、泣き噦る香の
声だった

どうしていいかわかんないよ
頑張っても、失敗ばっかりで、リョウにも
依頼人にも呆れられるし

一生懸命、頑張ってるけど
どんなに節約しても、その倍以上のツケ、
増やして来るし

リョウには嫌われてるし


はい?とオレは思った

嫌ってなんてねーし
むしろ、可愛い過ぎて、いじめてるくらい
だし?

その後も、わんわん泣きながら、見当違いな
ことを心配してばかりの香を見ていて

初めてだ、と思った

最愛の兄貴が亡くなった時も、きっとこうし
てひとりの時には、こんなに泣いてたのか

そう思うと、ロクでなしの胸も痛んだ

まだ、20歳になったばかりだ

普通のガキどもが、晴れ着姿でふざけてる
と言うのに、唯一の肉親殺されて、殺し屋の
相方なんかになっちまったんだもんな

すまんな、槇ちゃん
オレには、慰めてやること出来なくて

次の日、何も無かったように振る舞う香を
オレがどんな思いで見ていたか、香は知ら
無いだろう

あの日以降、時々、こっそり見ていた姿に
手を差し伸べてやることすら出来なくて


でも、今、腕の中でわんわん泣いている香を
見ながら、ほっとしている自分が居る

漸く、裸の香に触れることが出来た気がした

香そのものに触れている気がして

泣き過ぎて、熱を帯びて来た身体を、宥める
ように撫ぜた

今夜は、たまには、思いっきり甘やかせて
やろうと決めていた

邪魔は入らないし、しばらくは2人きりの
予定だから、焦らなくても時間はあるから

後は、香のペースに合わせるだけ

ハンカチで、涙を拭ってやりながらも、
抱えた腕は、解かない
もう、逃す気も、逃げる気も無い

ここで、2人で初めてを越えると決めたから

香をあやしながら、オレは窓の外を見てた

[newpage]

<Side Kaori>

リョウに連れて来られた神戸

ホテルの部屋は凄いし、絵里子が持たせた
と言う服は、えらい気合いの入った服ばか
りで、私はびっくり

初日の夜に着る服は、指定されていて、その
ポケットに、絵里子からのメッセージが

Let it be 

それだけだった

その意味を知ったのは、美味しい食事から
帰って来た部屋で、だ

いきなり、リョウに抱き締められた

無事で良かった、と
ほっとしたと言う顔を見て、急に、絵里子の
メッセージを思い出した

だから、勇気を出して、自分がやりたいと
思ったコトをした

自分から、リョウを抱き寄せて、キスをした

無事で良かった、と言うのは、私の方だ
そして、私は、どんなことがあっても、貴方
の傍に居ます、と言う想いを込めて

そんな私に、リョウはキスでお返しをして
くれた

そして、私に一緒に居て、と言ったのだ
いつの間にか、私の薬指と小指に、キラリ
とするものがあった

ありえない展開に
ありえない煌めきに
私は、頭が真っ白になった

呆れたような、困ったようなリョウの笑顔
を目の前にして
頬に触れるリョウの掌が優しくて

私の心の中が、溢れ出てしまった

わあわあ泣いてしまったのだ
子供みたいに

リョウは、激しく泣く私を抱き寄せたまま
あやすように背中を撫ぜ、涙を拭ってくれ
たのだ

ティッシュを貰い、盛大に鼻をかむ私を見
ながら笑うリョウ

「リョウちゃん、風呂に入って来る」

そう言って、私の髪をくしゃり、として、
バスルームに消えて行った

私は、自分の手にあるリングを見た

薬指のリングには、裏側に2人のイニシャル
と、水色の石が光っていた

小指の3連のリングは、バラしても付けられ
るようだった

あのリョウが
どんな思いで選んでくれたのか
それを思うと、胸がいっぱいだ

ずっと、一緒に居てくれるんだ
その約束の証

あれ、と思った
私の左手に、リョウは指輪をはめた

と言うことは

リョウが掛けたジャケットのポケットを
探ると、私のより大きな指輪が在った

大事に取り上げて、きゅっ、と握り締めた

自分も風呂に入る支度を整えて、リョウが
出てくるまで待った

「香~、入っちゃえよ」

気持ちいいぜ?と明るく笑うリョウに、
うん、と言って、私は一旦、バスルームに
入った

荷物を置いて、深呼吸して、部屋に戻った

「リョウ」

「ん?」

頭をごしごし拭いているリョウの左手を
取って、えいっ、と指輪をはめて、固まっ
ているリョウの頬にキスをして

逃げた

バスルームの内鍵をかけて、へたりこ
んで座った私

私の瞳に映るのは、絵里子が用意して
くれた、私のナイトウエアと下着

ベビーピンクの柔らかな色合いと
シルクの光沢が素敵なシャツワンピ型の
ナイトウエア

中に着るように、と用意された下着は、
純白のレースとビーズ刺繍が凝った
デザインの上下と、同じデザインのキャ
ミソールとキュロット

もう、私も子供では無いので
指輪まで貰って、何も無いとはさすがに
思わない

たぶん、リョウは、相当の覚悟でここに
誘い、この指輪をくれた

おそらく、今までの自分達の関係に
本気でケジメを付ける気だ

丁寧に身体を洗って、美樹さん達と一緒
に行ったエステでもらった化粧水やら
クリームを丁寧に塗った

髪も、ちゃんとドライヤーを当てた

みんなが、ぐずぐずしていた私の背中を
さりげなく押してくれたのだ

もう、いい加減、いいでしょう?
素直になりなさい、と

恐くない訳ではない

恥ずかしいけれど、恋愛方面においては
私はその辺の中学生よりも幼い

キスだって、リョウが初めてで
そこから先など、一体何がどうなるのか
はっきりいって、どうしたらいいのか

全然判らない

でも、リョウだから、
リョウ以外は、考えられないから

だから、深呼吸をして、リョウが待つ部屋
の扉を開けた

Fin. (え?)