■scene:02_side Kazuha

imaging from  SISTER/backnumber

梅雨の季節は、中々バイクに
乗せて貰えんから、淋しい

ソファに寝転び本を読む平次
私は、ソファを背もたれにして
課題を片付けた

ホンマは今日、平次が、先月の
誕生日すっぽかしたお詫びや言う
て、バイクでどこだかに連れて行
ってくれるはずやったん

平次が寝転ぶソファに頭と背中
を預けて、Walkman を聴きな
がら、窓の外に広がる中庭を眺
めていた

課題も終わったし、本も読んで
もうたし、やることも無い
帰ってもええんやけど、おばちゃ
んに家で待ってて、言われたし

平次は、工藤優作氏の作品を原書
で読んでいて、話しかけてもまと
もに応えて貰えんの、わかっとる
から、私もに話しかけへん

ぼんやり中庭を眺め、耳から流れ
る曲に意識を合わせた

不意に、片方の頬に手が伸びて
来て、耳元に触れられた

優しく撫でる指先に、何が起きた
んかわからん私

するりと片耳のイヤフォンが抜き
取られ、頭を寄せた平次が自分の
耳に嵌めてしまう

「片方貸せ」

そう言うて、また本の世界に行っ
てしまう

しばらく、一緒に頭を寄せたまま
平次は本に、私は歌詞の世界の中
に飛び込んだ

不意に耳元に吐息を感じる

本を胸元に伏せ、平次が眠ってし
まったのだ

ヘッドホンを外してあげようと思
うたんやけど、嵌めた耳を下にし
て眠ってしまったので、出来へん

伏せられた瞳は、長く濃いまつげ
が影を落としている

色黒やけど、滑らかな肌

みんなが騒ぐ気持ちがわかる
歳を重ねるごとに、はっきりと
彩を纏うようになった

美人なおばちゃんそっくりや

あまり見ていると、ドキドキする
から、私はまた中庭に目を向けた

健やかな寝息を立てて、平次は
すっかり夢の世界の住人

不意に、プレイリストに入れた
覚えの無い曲が流れて来た

平次が時々、私のWalkmanの
プレイリストに適当に曲を増やす

今回は何?と思って歌に集中した

負けないで
君が瞬きで隠した痛みをその
想いを
ああ  僕は知っているから

ドキドキした

爽やかな、love songと言うより
女の子への応援歌や
でも、何でやろ

平次は洋楽が得意
何でも聴くし、何でも歌う
ジャンルも問わない

でも、何でやろ、と思う

もう一度、リピートして、歌詞に
耳を傾ける

転んでも、失敗しても大丈夫
顔を上げて、前に進め
そう言われた気がした

もしかして、と思う
平次は知っていたのやろうか
私が泣いたこと

高校に入ってから、合気道の試合
で、優勝出来へんようになった
いつも、準優勝止まり

悔しくて、陰で色々言われたんも
知ってたし、何度も泣いた
誰にも見られん場所で

泣いたなん、絶対、知られた無か
ったからや

もう一度、繰り返して、目を伏せ
歌詞に耳を預けた

自然と涙が落ちるけど、そのまま
任せた

泣かないで
君が費やしたすべてが意味を持つ
その時まで
あの雲の先できっと  きっと

ああ、頑張ろう
まっすぐ、前を向いて
平次の幼なじみとして、恥ずかし
くないように

そして、いつか、ちゃんとひとり
の女の子として、見て貰えるよう

歌詞の世界に吸い込まれるように
眠りについた

熟睡してしまった私

目が覚めたら、ソファに横になり
寝かされていた

平次も寝ている
L字型のソファに頭を寄せ、それ
ぞれソファの一辺に横になってた

ちゃんとタオルケットもあった

とても、幸せな夢を見ていた私

平次が私をソファに抱き上げて
くれて、優しく抱えて眠っていた
体温も、香りも、やけにリアルで

頬や髪を撫でる指先も、掌も
耳元や唇に柔らかな熱も
肩口にも
懐かしいような、初めてのよう
な不思議な感触を感じていた

ま、全ては夢やけどな

平次がソファに上げてくれたの
は現実みたいやけど、あんな風
に触れてくれるはずは無い

でも

もう一度、幸せな夢を見たくて
私は静かに目を伏せた