★2015年 遠山の日に寄せて

ようやく過ごしやすい秋を感じ始めた
頃、私はひとりで病院の待合室にいた

夏の終わりから、ずっと感じていた
身体の不調

もしかしたら、と言う予感があった

「おめでとうございます
予定日は、来春、3月下旬頃ですね」

妊娠4ヶ月といったところ

「双子ちゃんですよ」

ふふ、と優しく笑う先生に、私は
仰天した

証拠写真をいただいて、届け出に
必要な書類を受け取り、ひとり
役所に赴いて、母子手帳の交付を
受けた

色々なところで、おめでとうござ
います、と言われ、ふわふわとし
た気持ちの中、車の中で急に涙が
溢れた

お母ちゃん、私、お母ちゃんにな
るんやって

平次が、オトンになるんやって

誰よりも早く、知らせたい

無意識で、電話をかけていた

「仕事中ごめん、今、大丈夫?」

「あぁ、どないしたん」

「今日は帰って来る?」

「ん?あぁ、平和やし、人も多い
から、このままやったら帰れるで
和葉、なんかあったんか?」

「ううん、帰って来るならええ」

待ってるからな、と言って電話を
切り、自宅へ戻った

夜、早目に帰宅して来た平次と、
差し向かいでごはんを食べながら
じっと平次を見ていた

夢中でごはんを食べる平次

「平次、来春にはオトンやって」

「来春にはオトン…はい?!」

コントみたいに箸を落として固まる
平次を見ていた

エプロンのポケットから、証拠写真
と、頂いたばかりの母子手帳を取り
出して、平次に差し出した

唖然としたままの平次がそれを見る

写真と手帳に触れる、平次の指先が
微かに震えていた

「和葉、ホンマか?」

「うん、桜の季節に生まれるって」

上手いこと笑えなかった
嬉しそうな平次の顔を見たら、涙が
溢れてきたから

慌てて立ち上がった平次が、いきな
り私を抱き上げた

「へ、平次?怖い、降ろしてえや」

ソファに座り、私を横抱きにした
まま、ぎゅっと抱きしめてくれる

「和葉、ありがとう」

「平次、おおきに」

平次の身体に腕を回して抱きしめた

「あんな、双子ちゃんやて」

「双子、え、ホンマか?」

「うん、証拠写真にあるやん」

仰天した平次が、大喜びした
昔見た夢によう出てきた2人に、
逢えるかも知れん、と

「オマエの親父が1番や
双子や言うのは、後からにしよ」

きっとみんな、ここへ来るで、と
これが最大のサプライズやなあと
笑う平次は、私にソファから動く
なと言うて、夕食の後片付けをし
電話を持って来た

「おっちゃん?オレや、和葉に
代わるな」

「もしもし、おとうちゃん?」

「なんや、和葉」

「おとうちゃんは来春、じいじに
なるんやて」

「じいじに?あ?え!和葉?」

「うん、ちゃんと出来た
私、お母ちゃんになるんやって」

今から行くから、と慌てて電話が
切られた

「オカンか?」

「なんや、平次か、なんやの?」

「よかったなぁ、オカン、来春には
名実共にばばあになれるで?」

「こら!平次!なんてこと言うん」

「お母ちゃん?あんな、出来たん
来春、平次がオトンになるん」

「和葉ちゃん?ホンマなん?」

「うん、ホンマ
今日、ちゃんと病院に行ったし」

今から行くと言うおばちゃんも、
すぐに電話を切った

私は、ソファに座った平次に抱かれ
優しいキスをたくさんされた

おばちゃんらが駆けつけたら、出来
んから、とか何とか言うて、もうえ
えよ、充分や言うても、止めんかっ
た平次

エントランスからの呼び出しに、ど
んな手段を講じたらこない早うに到
着出来んねん、と悪態つきながら迎
えに出る時さえ、名残り惜しそうな
表情を見せた

お茶を淹れて、ソファに座る面々に
平次が証拠の品を提出した

「初孫やで」

それも、いっぺんに2人や

一瞬の静寂の後、おっちゃん迄もが
声を出して仰天した

「ホンマや、2人居る!」

仰天しながらも、写真で気がついた
おばちゃんはさすがや

その後は大騒ぎ

まだ性別はわからない双子ちゃん

でも、平次は男女の双子のはずやと
自信満々

名前も、昔考えたあの名前を付ける
と宣言するほどに

両家家族とのささやかなお祝いは、
深夜にまで及び、帰ると言う面々を
引き止めて、泊まってもらった

翌朝、平次と2人で朝ごはんの支度

これから、色々と協力してもらわな
アカン3人に、昨日、あんなに喜ん
でくれた3人に、せめてものお礼や

男性陣をおばちゃんと一緒に送り、
おばちゃんと手を繋いで、服部邸に
帰った

何せ、飛び出して来たと言うので、
家事のお手伝いをしようと思って

今日は仕事はお休みした

「和葉ちゃん、お仕事は大丈夫
なん?産休とか、色々」

おばちゃんに言うてなかったことを
思い出し、今の研究室を選んだ理
由を話した

おばちゃんは、とても驚いた顔をし
て、笑ってくれた

「そう、そうやったの
平次はもしかして、知らんかった?」

平次には妊娠を告げたあと、仕事の
心配は無いと知らせたのだ
その後、キスの嵐やったけどな

「子供のことは心配せんでええ
おばちゃんやって手伝うし、何やっ
たら、平蔵と遠山さんに紐でくくっ
ておいてもええし」

平次や晃くんは、現場を走りまわっ
とるからアカン、と真剣に話すおば
ちゃんに、私は大笑い

「和葉ちゃん、おばちゃんと一緒に
病院、行こうか」

「え?」

「アンタの脚のことや
和葉ちゃんと赤ちゃん、ひとりで3人
分の命がかかってるからな、転けた
りしたらアカンやろ」

妊娠すると、普通の妊婦さんでも
浮腫んだり色々あんねん、と言う

おばちゃんと一緒に、ケガで入院し
とったあの病院に行った

双子や、言うことや、初産と言うこ
ともあって、日常生活の注意と、脚
の状態を確認してもらって、日常は
出来るだけ器具を付けた方がええと
言われた

帰りにおばちゃんがヒールの低い靴
やらスニーカーを買ってくれた

私と赤ちゃんの体調優先、と言うこ
とで、私の妊娠は、安定期に入るま
では極秘事項とすることになった

万が一を考えて、しばらくは友達に
も内緒にすることになったけど、
ただ、医師である翠と、平次の相方
晃くんには知らせた

「実はな、私も同じ頃やねん」

聞けば予定日も、1週間違い

「何や、和美と私みたいやな」

おばちゃんはそう言うて笑った
でも、私と平次にとっては誰より
頼りになる2人

後日、4人でささやかなお祝いをした

みんなには、今度の年末年始に集ま
った時に、お腹を見てもらおうね、
と翠と笑った

腰抜かさんとええけどな、と平次達
は笑っとったけど、私としてはおば
ちゃんか、お父ちゃん辺りから、
情報は漏れるやろな、と思うた

数日後、服部家に呼ばれて行くと、
じっちゃんの弟、じいちゃんが来て
いた

「和葉、ホンマなんか?」

「うん、来春楽しみにしとってな」

まだあんまりお腹が目立たないら
しく、半身半疑のじいちゃんに、翠
も同じ頃に出産や、と言うと、

「こら、再来年から年玉が大変に
なりそうやなぁ」

と笑った
私がバックから、懐中時計を取り、
掌に置いてあげると、にっこり笑う

「兄さんが居たら、そりゃぁもう喜
んだやろうな
兄さんの分も、ワシがちゃんと喜
んでやるから、元気な子を産むん
やで?身体、大事にしろや?」

そう言って、私の頭を撫でると、
懐中時計を返してくれた

じいちゃんは、生まれたら抱かせ
て欲しい言うて、大喜びで帰って
行った

おばちゃんが、親戚筋を騒がせん
ように、じいちゃんに頼んだんや

「生まれる前から、みんなに愛さ
れて、アンタ達幸せやなぁ」

まだ胎動もあんまり感じないお腹
にそう言うとると、おばちゃんは、
和葉ちゃんや平次やって、そうや
ったんよ、と笑った

みんなが待ち望んだ2人、何とか
無事に十月十日、お腹の中で成
長してもらえるように

頑張らないとな、と思うた