★2015年 遠山の日に寄せて

平次を助手席に乗せて、ドライブ
学生以来やなぁ、と思う

でも、走り出して少しすると、隣か
らはすやすやと寝息が聴こえる

家へ連れて帰って寝かせてあげた方
がええんか悩んだけど、まだ午前中
やし、天気もええし、たまにはええ
か、と思って、ブランケットを取っ
て、平次にかけてあげた

神戸の、とあるところのレストラン
に乗りつけた

「平次、起きられる?まだ眠い?」

「ん、あぁ、オレ寝てもうたんか」

平次の髪を指先で軽く梳いてあげて
着いたで、と言うと驚いとった

ここは、研究所のスタッフがいち押
しやから、と教えてくれた隠れ家風
のイタリアンのレストラン

お値段は、お財布に優しいし、何よ
りも美味しいねん

ちょっと混み合ってたけど、すぐに
席を用意してもらえた

「何や、ここ、めっちゃ美味しい
やんか」

「そう?良かった」

平次は自分の分だけではなく、私の
分にも手を出した

「外食で美味いとこなん、中々無く
てなぁ、オマエ居らん間、オレ地獄
かと思うたわ」

外食があんまり好きやないし、ごく
普通の和食を好む平次には、確かに
きつかったやろな、と思う

野菜もたっぷり摂らせて、満足した
みたいやから、帰ろうか、と言うと
せっかくやし、オマエのオカンのと
こ、寄って行こうやと言う平次

途中で花を買って、お母ちゃんのお
墓に挨拶をした

何や、キレイに掃除してあって、
頻繁に誰かが来とるみたい

「オマエの親父や、オレも何度か
付き合わせてもろうたけど」

お母ちゃん凄いなぁ、もう20年が
過ぎたんやで?

お父ちゃんにとっては、まだ、恋人
やって言うてた
後にも先にも、あれ程好きやって
思う人は現れんかったって

「ここでオマエにプロポーズした時
オレ、いくつやったっけ」

「ん?せやなぁ、17歳のクリスマス
やったと思うよ?せやから…8年前、
かな」

「オレもオマエも歳とったはずや
なぁ、ぴっちぴちやったん」

「あほ、アンタは知らんけど、私は
まだまだ若いでー、何やったら
セーラーやってまだ似合うと思うし」

「ほな、今度、着て見せてや」

「アンタ、学ラン着られるん?
てか、そんなんヘンタイやないの」

「あはは、おばちゃんに怒られてま
うわな」

懐かしいなぁ、つい昨日の事のよう

「おばちゃん、今度来る時は、和葉
にちゃーんと、可愛ええ子が授かる
ように、オレめっちゃ頑張るから、
協力してや?頼むで」

「平次!」

私は、思わず自分の顔が真っ赤にな
るのが判った

何をここで、堂々と宣言しとんのや
あほ、デリケートな話題やのに

「何をいまさら照れてどーすんねん
ええやんか、もう5年以上夫婦やっ
てんのやで?ええ加減、恥ずかしが
るの、やめてーや
オレの方が恥ずかしいっちゅうねん」

「せやかて、恥ずかしいんは恥かし
いの!」

べしっと平次を叩いて、歩き出す

ホンマに嬉しそうに浮かれて歩く
平次は、珍しい

そんなに嬉しかったんやろうか

「ホンマに嬉しかった」

「え?」

自分の心の中を読まれたような
タイミング

「結季が産まれた時から、ずっと、
いつがええか、考えとった
おばちゃんにも、何度も相談に来た
んやで、ここまで」

オカンには言えんからな、と平次

「オマエの身体に問題が無いんは知
ってるけど、一応オレも病院で調べ
てもろうたんや」

「は?平次、1人で行ったん?」

「晃と一緒にな、翠に医者、紹介し
てもろうたんや」

翠達は、来年、子供を持てたらと考
えているらしい事は、翠から聞いた

翠も晃くんも、検査の事はひとつも
言うてなかったんに

「こればっかりは、いくらオレら
に問題が無くても、授かるか授から
んかは、もう神頼みやろ?」

「せやね」

「まぁ、とりあえず普通に頑張って
みようや、オレら仲良しやしな」

「あほ!」

と言うて、どついた私をぎゅっと
して、平次は言うた

オレらなりに頑張ってみて、出来ん
かった時は、それはそれでええ
せやから、何も気にせんで、オレと
仲良うしとってくれ

それだけでええから、と

「うん、わかった」

気負う事なく、自然に任せよう、と
言う平次の優しさに、涙が落ちる

一生懸命考えて、言葉にしたんやっ
て、判るから

私を傷つけんように、色々と考え抜
いてくれたんやねって

平次としっかり手を繋いで帰る

帰りの車も私が運転した

ぐーぐー寝とったくせに、家が近く
なったら目を覚まして、たまには私
と一緒に食材買いに行きたいと言い
出した

久しぶりに一緒に買い物をして、
のんびり一緒に夕食を作った

英国で一緒に暮らしていた時には
ごく当たり前の風景

差し向かいで一緒にご飯を食べる
のも久しぶり

今日はとにかく饒舌で絶好調の平次

ご飯の時も、煩いくらいにはしゃい
でいて、いつもの私と平次が入れ替
わったんかと思うたくらい

こんなに楽しみなこと、平次は私の
夢を叶えるために、我慢しとってく
れたんや、と思うと切ない

私の夢は、実は少しだけ叶ったんよ

ある事件捜査で、行き詰まり膠着し
かけてたんを、哀ちゃんと2人で
分析して、犯人検挙に貢献すること
が出来たし、私の研究の一部は、
捜査のと言うよりも、検査の時間
短縮に効果をもたらすものやった

外部アドバイザーとして、協力する
こともあんねん

工藤くん絡みで、相談を受けること
やってある

ただ、名前を出してへんだけやねん
家族のこともあるし、哀ちゃんが、
その方がええって

だから、今度は私が平次の夢を叶え
る番やね

今の研究室を選んだ理由は、子供を
考えとる、と言うた時、快諾してく
れたからや

最初から、そのつもりで構成します
と言うてくれたんよ
その代わり、産休明けたら辞めない
で下さいね、と笑った室長は、哀ち
ゃんの元師匠やったひと

2人の子供さんを育て上げたベテラン
研究者なんや

平次には、内緒やけどな

過度な期待をされても困るし、もし
出来るなら、とびきりのサプライズ
がええね、と言うことで、妊活は
こっそり2人だけで始めることにした

その夜、私と平次は2人で、避妊具
無しの初めてを経験した

夜明け前の部屋で、疲れ果てて眠る
平次の閉ざされた瞳から、一粒だけ
雫が溢れ落ちたのを、偶然見た私

眠りの邪魔をしないように、気をつ
けて、平次を胸元に抱き寄せた

ゆっくりキスを落として、抱き寄せ
た腕に力が入り過ぎないようにして
護るように眠りに落ちた

いつもは私が抱きしめてもらうから
今日は私がアンタを抱きしめる

これからも、手を引いたり、背中を
押したり、2人で歩いて行こうな

ええ加減、オレのこと、ちゃんと
見て欲しいねん

平次がケンカした時、よう言う言葉

この間、浮気を誤解して英国に引き
返したあと、お父ちゃんにめっちゃ
叱られて、その言葉の意味に気がつ
いた

ガサツに見えて、とっても繊細
大胆なくせに、意外と慎重
キツそうに見えて、とっても優しい

そう、平次はちゃんと、私にサイン
を送っていたのだ

私が、気がつかんかっただけ

多分、子供の頃からずっと

ちゃんと見てや、和葉
オマエにわかるように、足跡残した
ったからな
早う気がついてや、和葉って

「甘えてばっかりでごめんな」

眠る平次に触れるか、触れないかの
キスを落として、そっとちょうど
ええ位置に抱えなおす

相変わらずの色男を、ぎゅっと抱き
しめて、私はもう一度、眠りにつ
いた

おやすみ、平次、良い夢を