▪️09:00 CAS statement / side Heiji

和葉のええもん

オッちゃんが突然、戻って来た
ある人を護衛して目的地まで送り届
けるための、一時的な帰阪やった

和葉はもちろん大喜び
泣きながら、笑っていた

オレらの大学合格と、免許取得を
殊の外喜んでくれたオッちゃん

「どんどん、オトナになってまうな
2人とも」

オッちゃんはそう言って、遠い目
をした

和葉はその夜、一晩中、オッちゃん
相手に喋り倒した

「平ちゃん、和葉、寝てまいよった
何か掛けるもん、もらえるか?」

水を飲むために、階下に降りると
オッちゃんに声をかけられた

「ん、ちょお待ってや?」

枕と布団を掛けてやった
和葉は完全に夢の中で、よう眠って
目を覚ます気配もない

「和葉、ワガママ言うてへんか?」

「ワガママなぁ、むしろ言うてくれ
た方がええくらいや」

「あはは、何やそれ」

「昔から意地っ張りやろ?コイツ
オッちゃん居らんようになって
から、さらに気張り過ぎやねん」

オッちゃんに差し出されたグラス
を空けた

我慢し過ぎや、何でも言え言うて
も、中々言わんし、こっちの方が
気になって敵わんわ、と言うと

「ふーん、平ちゃんもそんなん
悩むようになったか」

「え?」

「オレも、最初の頃、そうやった
なぁ」

オッちゃんは、おばちゃんと付き
合い始めた頃の話を懐かしそうに
話してくれた

「和葉の意地っ張りは、アイツ似
やで?オレやない」

そう言って笑ったオッちゃんにも
オレは似とると思うで?

男2人のそんなしょーもない会話の
隣で、和葉はのんきにすうすう言い
ながら、眠っている

「和葉、言うてたで?平ちゃんと
一緒やなかったら、きっと耐えられ
んかった、って」

先月の刑事の殉職
嫌でも和葉は姿を見せない父親と
その背中を重ねたらしい

「私が1番辛い時、平次が側に居て
くれんかった事は、1度もない」

和葉はそう言って笑ったそうだ

オレは自然と顔が赤くなるのを感
じて、恥ずかしい

「縁あって、一緒になったんだ
ゆっくり、一緒に色々経験して、
生きて行ったらええ」

人の命には限りがある
誰にも平等に与えられた運命
だからこそ、後悔せんように、
精一杯頑張れや、と笑った

「和美とは、たった10年しか一緒
に過ごせんかった
結婚生活は、たった6年にも満た
ない期間やったんや」

もうとっくにそれ以上の月日が
経ったんやな、と言う
でも、今でも色褪せる事は無い
いつも一緒や、と胸を叩いた

オッちゃんの警察手帳には、
おばちゃんの写真が隠されている

肌身離さず、おばちゃんの結婚指輪
を持ち、自身も今も指輪をしている

今もなお、愛しているのだ
おばちゃんも、その人が遺した娘を

和葉を失うことも、自分が和葉を
遺して逝くことも、今のオレは考え
られないし、考えたくもない

「心配せんでええ、平ちゃん
和葉は、あぁ見えて強い子や
最後まで、絶対諦めんで?」

自分の気持ちを見透かされた気が
していた

「オレがしばらく仕事で会えんよ
うになる、言うた時な、和葉、
言いよったんや」

「お父ちゃん、大丈夫やで?
私はお母ちゃんの娘や
お母ちゃんがくれたこの命は、
ちゃんと、キッチリ使い果たす
絶対、無駄にはせんよ?」

ってなぁ
そう言って笑ったんや、と言う

和葉のあほ

せやったら、何であの時、オレを助
けて自分のこと放そうとしたんや?
何でや、和葉

「コイツなぁ、我が娘ながらあほ
なんやで?自分と平ちゃんの事、
ちゃんと区別出来んみたいなんや」

「オッちゃん」

「自分と平ちゃんがどちらかしか
助からんと思った時、自分はダメ
でも、平ちゃんが助かるなら、
大丈夫やとか平気で言うんやで?
父親の前で」

苦笑するオッちゃん

「たぶん、和葉の中では、小さい
頃から一緒やねんな
身体の一部、みたいなんやろな」

奥歯をギリッと噛み締めて耐えた
なんや、泣きそうやったから

泣きたくない
少なくとも、この人の前では

親父と双璧を成すこの人は
ずっと凄過ぎて、遠い背中やった
それは、今でも変わらん

義父となった今もなお

この人に認められる人で在ること

それが出来んかったら、オレは和葉
の隣に居る資格をすぐに失ってまう

常に試されとるんや、オレは

でも、受けて立つ

それぐらいのことで、和葉を手に
出来るのなら
一緒に、歩いて行けるなら

結婚したとは言え、まだ恋人として
も初心者マークのオレ達は、まだ
まだ道の途中

「強うなれや、平ちゃん」

「おう、任せてや、オッちゃん」

「何や、楽しそうやな」

オレも混ぜてくれや、ひょっこり
顔を出した親父

すやすや眠る和葉の側で、よう
わからん3人で、夜明けまで飲み
が続いた