▪️07:00 Summer festival /side Heiji

日を追うごとに暑さが増し、嫌でも
夏を満喫する日々が訪れた

「試験で、七夕も出来んかったから
夏祭りはちゃんと楽しまんと」

来年は、着せてあげられへんかも
知れんから、と、毎年1枚ずつ新調
されて来たオカンのお手製の浴衣
今年はオレのも和葉のも、2枚ずつ
用意された

淡い水色の浴衣と、紺地の浴衣を
手に、和葉は大喜び
帯もそれぞれにあわせて用意され
オカンから簪も譲って貰ったらしい

約束した夏祭り初日は、オレが出先
から戻るのが遅れて間に合わず

2日目は、朝から発生した事件に
駆け付けたオレが帰宅出来ずに
無理やった

最終日、どうにか片付けて、急いで
家に帰り着替えて出るところで、
次の事件の連絡が入った

玄関先で盛大に鳴りだした携帯

淡い水色の浴衣を着て、嬉しそうに
飛び出す寸前やった和葉が突然、
立ち止まった

「和葉」

返事もしない、振り返りもしない
背中に、何とも言えない気持ち

「電話、出たらええよ」

一向に鳴りやまない携帯に出る

事件を知らせる緊迫した声に、
オレは返事をする声が上手く出ない

「早う行き、みんな困っとるよ」

俯いた顔から、銀色の雫が落ちる
のが見えた
俯いた顔の表情は伺えんけど…

「和葉」

「行ってらっしゃい、気を付けて」

捕まえようと伸ばした手をすり抜け
下駄を脱ぎ捨てて、自室に駆けあが
って行ってしまった

オレも浴衣姿やったけど、着替える
気力も無い

そのまま、家を出た

黙って、オレらの様子を見ていた
オカンは、何も言わんかった

「あ、平ちゃん!スマンかったな、
和葉ちゃんと出掛けるところやった
んちゃうか?」

オレの浴衣姿に、大滝ハンはすまな
そうな表情をした

「ええ、和葉もわかっとるから」

後ろ髪を引かれる思いを断ち切って
目の前の事件に集中する

結局、大滝ハンらと奔走して、事件
解決出来たのは、祭りなどとっくに
終わっている時刻

送ってくれる、と言うのを断って
熱い空気の中、ひとりで歩いた

「どっちの浴衣がええかな?」

嬉しそうに訊かれたので、この間耳
にした歌を思い出して、水色がええ
と言ったのはオレ

オカンに着付けてもろうて、髪も
キレイに結いあげられて、薄化粧も
施されて、ホンマにキレイやった

一緒に行きたかったのはオレも
同じやで、和葉

オカンに言われた時、照れずに一緒
に写真、撮ってやれば良かった

きっと和葉は、全てを飲みこんで
大丈夫や、と言うやろうな
大丈夫やないくせに

夏祭りはこれからが本番やから
他にも機会はあると思う

でも、今日のは、ホンマにオレも
行きたかったんや

子供の頃は親に連れられて
いつしかオレと和葉で、毎年欠か
さず訪れた祭りやった

昨年は、ギリギリ、最終日には間に
あったんや

来年はおそらく見る事は出来ない

和葉を泣かせても、オレは事件を
選んだんや

それは、これからもあるやろう

今になって、本当の意味でわかる

親父達の大変さ
オレや和葉との約束を放すたびに
申し訳なさそうに、笑った顔を
覚えている

そして、我慢して涙を拭く和葉の姿
も、覚えていた
忘れるはずもない、その姿

想いを告げて、まだ一年も経って
いない

あれから、2人きりのまともな外出
など、片手が埋まるか埋まらんか
その程度や
その数少ない中で、デートらしい
デートは何回あったか

ホンマはわかっとる
口にはせんけど、和葉がコッソリ
毎日、日本地図を広げていること

日本を離れる前に、未だ行った事の
無いところを訪ねてみたい

そう言ってた事、忘れるはずもない

だって、その言葉には続きがある

オレと一緒に、と

祭の約束すらまともに叶えてやれ
無い現在のオレには無理やけど、
いつか必ず、と思っているんや

謝ったら、許してくれるやろう
でも、傷つけた事は消えん

抱き締めて、キスをする
でも、泣かせた穴埋めというのも
何か嫌や

何やこう、上手い事言えんやろか

和葉相手やと、どうもお留守になり
がちなオレの無駄にIQだけ高い頭脳
も、こんな時はいつだって役立たず

頭を掻きむしっても、何のアイデア
も、何のアイテムも出てきやしない

かなり遅い時間なのに、何故か居間
から和葉のご機嫌な笑い声が響いて
くる

「何や、これは」

「あー!ひとでなしの平次くんや!
おかえりなさーい」

キャハハ、とこどもみたいに笑う
和葉は、いつもの素っぴんに、いつ
もの部屋着姿

オレに、隣に座れ、やの、抱っこし
てくれへんの?やの、オカンの前
やと言うのに、ご機嫌で戯れまくる

「平次、あんた少し和葉ちゃんを
特訓させてからやないと、外で
飲ませたら絶対、アカンよ?」

特訓って、アンタ、こいつに何を
飲ませたんや?

「部屋に閉じこもって、泣きながら
勉強しとるから、そんなん今日は
せんでええよ、他の勉強したらええ
言うたんよ」

オカン秘蔵の果実酒コレクション
ちびちび飲んでいるうちに、こんな
和葉が出来上がったらしい

オカンと話しとる間も、オレが取り
あげたグラスを欲しがって、ネコ
のように戯れついて離れへん

オカンには、可愛く擦り寄るくせ
に、オレには爪立てたり、甘噛み
しようとしたり、危険極まり無い

挙句、油断したオレの首を噛んだ

痛えっ!と思わず叫んで和葉を
ぐいっと引き離した
酔っぱらい和葉は、きょとんとし
ている

「あ~もう!ええ加減にさらせ!
和葉!終いには怒るで?」

びくっとした和葉の顔が歪む

まずい、これは、アカン
オカンはアメリカンな仕草で首を
振っている

「わーん、誰のせいでこんなんなっ
とるん、思うとんのー!
ぜーんぶ、アンタのせいや!あほ」

盛大に泣き始めた和葉

「アンタが見たい、言ってくれたから
水色の浴衣着たんに
おばちゃんが、せっかくキレイに
髪も結うて、簪もしてくれたんに
お化粧も、してくれたんに」

オカンに差し出されたおしぼりで
自分で涙を拭いながら、泣きじゃ
くりながら言う

「どうせ私は可愛くないもん
素直じゃないし」

「でも、でも、一緒に行けへんでも
せめて、嘘でも、可愛ええなー
とか、お世辞でも、キレイやー
とか、言ってくれても、バチあたら
んやろ!」

「平次のあほ!
一緒に行くの、楽しみにしとった
すんごい、楽しみやったのにー!」

「口で言えんなら、メールでもええ
やんかー
今は、伝書鳩さんがいなくても
ちゃんと届くやろー」

「何で、私との約束の時ばっか
こんなんなるんよー」

「私、一生懸命頑張っとるのに
淋しくても、我慢しとるのに
何でや、ひどいやん」

散々泣いて、疲れたのか
おしぼりに顔をつっこんだまま、
寝てしまった和葉

オカンは冷たいおしぼりを、泣いて
腫れ上がった和葉の瞼にあてる

「平次、ちゃんと聴いたやろ?
これが、和葉ちゃんの本音や
よう覚えとき」

絶対に忘れたらアカン
口に出す何十倍も、あの子は我慢
して、周囲を思い遣って生きている
のだから、とオカンは言った