▪️06:00 a hydrangea /side Heiji

体育祭が終わると、一気にクラスは
受験モードにシフトした

オレと和葉も、一通り希望校への
エントリーを済ませ、着々と受験
手続きが進められて行く

和葉の出願書類を見て、ふっと感慨
深いモノを覚えた

日常生活で結婚した事を意識する事は
正直、あまり無いのだ

だって、手は出したら殺すと脅され
とるし、公表は禁じられとるから

でも、和葉のパスポートやら、銀行
の通帳、保険証など、着々と新姓の
モノが届き出すと、オレもオカンも
あぁ、と思い出すのだ

和葉は、服部和葉になったんやって

実は、先生の計らいで、和葉の生徒
手帳も秘かに変更された
もちろん、卒業する時、卒業証書に
刻まれるのも、服部姓

色々な事情があったにせよ、性急に事
を進めてしまった事に、罪悪感が無い
わけやない

和葉とは、ゆっくり、じっくり一緒に
色々な階段を上って行けたらええ、
オレはそう思っていた

結婚も、ちゃんと社会人になって、
自分の稼ぎがもらえるようになって
からがええ

理想はオレやって最初はそうやった

和葉にだって、もっとゆっくり父親と
離れる支度をさせてやりたかった
だって、父娘2人きりの家族や

おばちゃんが若くして亡くなった後
一生懸命2人で生きて来たんや

わずか、18歳でオレに攫われるとは
オッチャンやって思って無かったと
思うし、オレが娘の父親やったら
きっと暴れとるところやと思う

だからせめて、約束した事だけは
ちゃんと果たそう、と思っている

日を追うごとに、キレイになる和葉を
前に、手を出せないのは苦痛以外の
何者でも無いけれど、オッチャンから
和葉を取り上げてしまったのだから

「可愛ええ」

とツレ達が言っていた和葉は、最近

「キレイや」

に評価が変わっていた

周囲にもはっきり判る程、日を追う
ごとに成長を遂げ始めた

中身は相変わらずの和葉やからなぁ
その点が始末におえんのや
無防備、と言うか何と言うか

でも、変わらないようで、少しずつ
変わり始めていた

和葉の部屋が出来た事も大きいかも
知れんのやけど、

オレの部屋でごろごろする事は無く
なったし、オカンが不在の時は、家事
の都合もあるけど、居間に居る事が
ほとんどになった

淋しいけれど、少し嬉しかった

漸く、幼なじみだけやなく、本当に
オレの事を男としても見てくれるよう
になったんや、と

事件に受験にと飛び回り、可愛そうな
くらい殆ど相手をしてやれていない

せやから、顔を合わせられる時は

出来るだけ、一緒に過ごして、
出来るだけ、スキンシップも欠かさん
ように気を付けている

それが、現在のオレに出来る全て

「なぁ、平次」

「ん?」

「ちょっとだけでええから、バイク
乗りたい」

黙々と勉強しとった和葉が、突然そう
言い出した

今日はオカンが夜に戻って来る
既に夕飯の支度は終えてある
雨も、降っては居らん

「おう、ええで?遠出は無理やけど
近場やったら何とかなるで?」

「どこに行きたいとかは無いんや
最近、全然乗ってへんなぁ、と
思って」

「ん、ほな適当に走らせたるから
支度、して来いや」

和葉を後ろに乗せて、住み慣れた街を
適当に愛車を走らせた

来年の今頃、オレらはおそらくこの
街を離れるのだ

久しぶりに背中に感じる和葉の感触
慣れ過ぎて、有難みを忘れそうになる
んかな、とも思うけれど、無いと
落ち着かない気配

紫陽花がキレイに咲き誇る場所を
この間、偶然見つけた
そこへ、和葉を連れて行った

「あ、でんでんむしや!」

紫陽花がキレイやー、とか言っていた
和葉が、突然大声を出した

覗くと、確かに大きなカタツムリと、
少し小さなカタツムリが仲良く這って
いる姿が見える

かと思えば、紫陽花を象った和菓子が
美味しかったーとか、今度は鎌倉にも
見に行ってみたいーとか
楽しそうに話す話題は、あちこちに
飛んで行く

くるくる変わる表情も、ずっと傍に
在って、ずっと失いたくないモノ

全力で走り過ぎていた自分も、少し
ずつ解放されるのを感じながら、
和葉を乗せて、あちこち寄り道をした

家に戻ったのは、オカンが帰宅する
直前やった

帰宅したオカンに、紫陽花がどうの
カタツムリがどうの、と楽しそうに
報告する声が家の中に響き渡る

小さい頃から変わらない景色
でも、少しだけ変わった景色

どちらも、幸せを感じさせる明るさが
灯されていた