▪️06:00 a hydrangea /side Heiji

梅雨の季節

紫陽花はキレイに咲き誇るけれど
バイクでの移動を制限されるので
色々と不便に感じる季節になった

顔見知りの刑事の依頼で、オレは
ある事件に関わっていた
ストーカー事件の囮捜査に駆り出さ
れたのだ

事件でしばらく帰れん、と言って
飛び出したオレ

短時間で帰れる、と見込んだオレの
読みは外れた

中々、犯人が囮捜査に食いついて
来なかったのだ

姉ちゃんも、最初は奥手で男慣れ
してへん振りをしとったけど、
段々、時間が経つにつれ、本性を
見せるようになった

捜査を理由に、ベタベタくっつか
れるのも我慢の限界を迎え、オレ
がキレるか、犯人が出て来るか、
刑事の間で賭けが行われるほど
やったんや

ギリギリで、犯人が現れてくれた
おかげで、オレは助かった

すぐに、帰ろうとしたオレに、女が
あの手この手で引き延ばしにかかっ
たんや

珍しい事では無い
時々、あるんや
でも、今回は少し厄介やった

そもそも、この事件、被害者の
権力者である父親が、ねじ込んだ
事件だった

確かにストーカー被害はあったもの
の、彼女自身が巻き起こした事件
と呼んでもええくらいや

どうやら、付き合っている間に、
彼氏よりもっといい男が現れると
あっさり乗り換えるタイプらしい

容疑者に浮かぶ元彼は、リストアッ
プされただけでもかなりの量に登り
捜査が難航した理由の一つになった

ま、父親はそんな娘の本性にも、
素行にも興味が無いらしい
ただ純粋に、事件の早期解決を訴え
捜査にやかましく口を挟んでいた

彼女から逃れ、漸く家に帰ったオレ
を待っていたのは、騒動やった

中途半端な時間やったけど、最後の
授業と、部活には顔を出せそうや、
と思って、学校に顔を出したんが
まずかった

「服部、浮気したんか?」

「遠山捨てて、乗り換えたんか!」

あ?と思うほど、学校は騒然として
いたのだ

オレが登校したと知った晃が飛んで
来て、オレを教室から連れ出した

「こんなんが、不特定多数の生徒
にばら撒かれとるんや」

携帯のメールを見せてもらうと、
囮捜査の時の写真が、隠し撮り風
に載っている
何枚も、何パターンもあった

「当然、遠山の元にもぎょうさん
届いとるし、遠山のところには
手紙も届いとるで?」

あの煩い女達が、この好機を逃すは
ずもなく、和葉を問い詰めに教室に
押し寄せたと言った

「遠山も、オレたちも、お前の事、
信じてる」

でもなぁ、みんながそうとは限らん
わかるやろ、平ちゃん、と晃は困っ
たように笑った

「和葉は?」

「え?教室に居るやろ?
今日は翠が風邪で寝込んどるから、
オレが帰り、付き添う予定やし」

「わかった、すまんな」

騒然しい教室に戻ると、和葉の席
には荷物は無かった

クラスメートに確認すると、具合
が悪いから、と言って、先に帰っ
たと言われた

慌てて、オレは学校を飛び出した
家までの道を、探しながら帰る

すると、すっと見慣れた車が横に
滑り込んだ

「平ちゃん、乗り」

大滝ハンや
車に乗り込むと、シートに身体を
埋めるようにして、和葉が眠りこん
でいた

その横には、オカン

「おかえり、ええ子の平次くん」

一瞬で車内が冷え切った
笑顔のオカンだが、冷たい冷気を感
じたのは、オレだけや無かった

慌てて、心配しとる晃に、和葉は
連れ出したとメールして、オレは
観念して、居ずまいを正した

痛みを感じるように、正確無比に
飛び出してくる扇子
大滝ハンは、苦笑い

和葉は、寝不足で貧血気味なところ
オカンや友人から、事前に今日は
体育を見学にしらと忠告されていた
のを、無理矢理参加して、授業終わ
りにダウンしたらしい

しょーもない、いつもの和葉や
クソ真面目で、頑固

ちょお待て、と思った
オレが居らんかったのだ
誰が和葉を運んだんや?

スパン!とまた扇子が飛んで来た

「和葉ちゃんが軽かった事と、お
友達に感謝するんやなぁ
運ぶと言う男子生徒や先生抑えて
クラスメートの女の子達で運んだ
んやって」

「せや、そうでもせんと、後で
平ちゃんに何されるかわからんって
言うてたで?」

車までは、大滝ハンが背負って
運んだと言う

家に帰り、オレが運びこんだ部屋で
オカンの手で、和葉は着替えさせ
られて寝かしつけられた

「これが、家に届いた分
こっちが、和葉ちゃん家から転送
されてきた分、や」

居間には、山のよう郵便物が整然と
整理され、異様な光景やった

「和葉ちゃん、笑ってたんや
こんなん、初めてやないし、みんな
凄いエネルギーやなって」

やっかみや誹謗中傷のこの手の嫌が
らせが、多いのは知っている
最初の頃は、怯えて泣いていたから

「でもなぁ、いくら慣れたと言って
もこの量や、さすがにヘコむやろ
いくらアンタを信じとっても、な」

そうでなくとも忙しい日々
飛び回るオレからの連絡も乏しい
わかっていたとしても、この量は
相当に堪えたはず

「くだらん女に執着される暇があ
るんやったら、己れの女にもっと
惚れられるような男にならんか!
全く、しょーもない」

あの程度の事件、とっとと片付け
られて当然やろ、平蔵さんの顔を
潰す気か、と、オレへの非難が
続いた

「これ以上やると、和葉ちゃんに
泣かれてしまうから、この辺に
しといたる」

目覚めた和葉に、詫び倒したのは
当然のこと

「アンタが悪いんとちゃう
頭ではそう理解しとんのやけど、
腹は立つんや
ま、脇が甘くて撮られた写真やし?
なんかアンタ嬉しそうやしなぁ
罰として、1週間、ちゅー禁止で
私にも触らんといてな?」

触るな、言うても、ハグと手繋ぎ
と、キスしかしとらんやないか

それさえ許してくれんなんて、
あんまりや
なら、お預け期間が過ぎたら、オレ
好きにしてええんやな

「反省、しとらんみたいやね」

半目で睨まれて、慌ててオレは緩む
顔を引き締めた
これ以上、お触り禁止期間を延長
されては敵わんから